「停」
2006年

3月
今年になってからぜーんぜん練習してない。まさに、誰が予言したでもなく文字通りの「停!」
それというのも、2月に母が倒れてそれどころじゃなかったし、一日のほとんどを病院で過ごしていたからだ。
それでも、あんまり体がなまったので病棟の廊下の隅っこで、恥ずかしながらストレッチと簡化24式を動いてみた。
病室に戻ると「あなた廊下でヨガしてたわね♪」なんて言われたりして・・・。
「太極拳なんですよ♪」と訂正すると、その奥さんのお見舞いにいらしてた旦那様が異常な興味を示して
「気」とか「呼吸」を懇々と語られてしまった。
ところで、私がチラッと動いてみたその場所というのが廊下の突き当たり、機械室の前だったが、
すぐ隣りは病室で人も出入りしていた。いくら邪魔にならないスペースでも時には看護婦さんだって来る。
さっきの奥さんのように目撃者だらけの場所だった。
集中力は途切れる・・・練習とよぶにはほぼ遠いもので人目を気にするのに辟易して、
その場所ではたった2回動いただけでやめてしまった。
「病院内にどこかいい場所ないかなあ・・・」
病院の近くに公園があると聞いたので行ってみたが、練習しに行くには遠すぎたるし。
ちょうどいい広さはいたるところにあるのだが、そんな所はたいてい人の通り路だし。
私が会社員だった頃は、昼休みにビルの屋上で練習したものだったが、
病院の屋上は防災上出ることが禁止されている・・・。避難階段の踊り場では狭すぎるし・・・
「探すとなるとないものねぇ・・・」
結局、病院で練習することは無理だと諦めることにした。



4月
4月末、母が退院した。これでようやく河原での自主トレが再開できる。
これからは日も長くなってくるので、7時頃までは明るい。
4時になったら夕飯の仕度を始めて、5時に食卓に出して河原に行けばゆっくり練習ができる。
ゆっくり、といっても私の練習なんかものの30分もあれば十分なのだ。
練習から帰ってきても6時30分には夕食が食べられる。
そんなペースで私は練習を再開した。
7月の全国大会まであと3ヶ月ちょっと。
「そろそろ孫式を練っていかないと・・・」

久しぶりの太極拳。久しぶりの孫式。以外にも套路は忘れていなかった。
すこしずつ動きを改良していく・・・
母のこともあるので、毎日河原に行くのは大変だが、できるだけ時間を作って練習していた。



5月
毎年恒例の特別講習会があった。
年に一度のお楽しみなので、家族には申し訳ないが参加することに。



当日までのこと
年に一度の中国人講師をお迎えしてのGW恒例の講習会である。
昨年同様C老師とF老師がいらっしゃる予定だ。
特にF老師は来年中国に帰国されるということもあり、F老師に習えるのは今年限りということだ。
私はこれまで3度に渡りF老師に42式総合を習ってきた。
それ以前は敬愛してやまないL老師に習ったものの、さすがにここ3年間F老師に習ってきて
私の42式はF老師のそれになりつつある・・・
初めてF老師に習った当初は攻防の強調が前面に出すぎてて、いささか「(やりすぎか?)」と思ったものの、
それはそれなりに意識の持ち方として大変に勉強になった。
また、F老師は陳式寄りなのかと感じていたため、どの表演をみても習っても、
どれも陳式の強調が強く感じられたものだった。
だけど、不思議なもので歳を経るごとにF老師の表演も教え方も丸くなり、ソフトになってきた。
なぜなんだろう?
準備体操だって初めの頃は高齢者が多い中でも、あくまで足上げをはじめ自分流をとおしたものだったが、
それもなくなったし、教え方にしても、無理のない要求も格段に減った・・・
我々への諦めなのか?
とにかく、F老師に習えるのは今回が最後。受講するならF老師の42式!そう決めていた。
しかし、私は母の看護で毎日が忙しく、とても趣味の太極拳などに(家族や傍からしたら私の太極拳などそんなもの)
うつつをぬかしてる場合ではなくなってきていた。
しかもゴールデンウィーク真っ只中だし、家族をほっぽって私だけ遊び歩いてる場合ではない。
あー、それでも年に一度の講習会だけは受けたい。
そんなジレンマがあったものの、結局後ろめたさはあったものの参加することにした私。
参加することにしたはいいが練習してない。このままでは昨年の二の舞ではないか・・・
それにF老師の教室にお邪魔した時、散々お叱りを受けて帰ってきたのだ。
「あとは彼女が受け入れるかどうかだから」とF老師に言わせていた私だ。
「やっぱりコイツはダメだ。俺の言うことなんか聞いちゃいなかったんだ(&鼻で笑われる)」
そう言われることのないようにしたい。
だって、受け入れてないわけじゃないんだし・・・
それにしても・・・下勢ができないくらい体がコチコチなのよね・・・
私は套路だけはようやく思い出したものの、ろくに練習もせずに当日を迎えたのでした。
どーなるtuzi・・・



5月4日(木)
いつもなら何日も前から「(今年はどのTシャツ着ようっかな)」と楽しみに当日を迎えていたものだが
今年は気分的にも時間的にもそんな余裕はなかった。
タンスを開けてみれば恥ずかしくてしまい込んでいる‘京劇Tシャツ’が目にとびこむ。
数年前、中国みやげにと父の名前入りで購入したものだったが、父に突っ返され私の手元に・・・
「(こんなことなら自分の名前にしとけばよかった・・・)」
それにしても恥ずかしい・・・えいや!これでも着るか!
「(この機会を逃したら着る機会など、なくなっちまうんだし!)」
そんなわけで今年は裾の伸びきった‘京劇Tシャツ’で臨むことに・・・

再会したF老師の第一声はなぜか私の履いていた上履きシューズを褒める、というものだった。
「いいの履いてるね♪」
「あはあは・・・はぁ・・・学校シューズです(こんなの褒められてもねえ・・・?)」
久々に再会した教室の顔なじみからは一様に
「どうしてたの?よその教室に通ってたの?(他団体を指すものと思われる)」と、
入れ代わり立ち代わりさぐりを入れられた。

そうこうしているうちに練習が始まった。
以外にも私の体はよく動いてくれた。
特別F老師に注意されることもなく、無難に時間は過ぎた・・・



5月5日(金)
無難に時間は過ぎた・・・いや、それは甘かった。あ、あ、足が辛いでごわす。
こういった事態は想定内ではあったものの、ガチンゴチン、とロボットのようでごわす。
そうとは悟られないように練習してました、幸い時間が経つにつれなんとか慣れてきました。
F老師からは1,2ヶ所、黙って直されただけで、これといったお言葉は頂戴しなかった。
時間は過ぎる・・・無難に過ぎる・・・かのように思われた。
「よしよし、俺の言ったとおり練習してたみたいだな・・・
よしよし、大人しく練習してるじゃないか。武徳の何たるかが少しは理解できてるみたいだな・・・」
そう思われるはずだった・・・

昨年10月F老師から「武徳ないね!(怒)」と言われたことが頭にこびりついていたので
私には珍しく、しおらしく〜、おとなしく〜練習に参加していたのだ。
「もう言わない!(怒)」と呆れられた昨年10月の汚名返上とばかり、
これまで練習サボってたことがバレないように私なりに精一杯練習していた。
隠そうとすること自体、武徳のなさなのに・・・。

練習が終わって最後のお別れも遠巻きにあいさつに行こうか行くまいか迷ってるうちに
F老師は他の生徒さん達に囲まれて記念撮影始まってしまった。
私はいつだってタイミング外しっぱなしだ・・・(泣)

F老師の最後の表演は孫式だった。私たちの教室はおろか我が県で孫式をするのは私だけ。
F老師は準備に長いことかけ、表演中のF老師は緊張していたのでしょうか指が震えてました。
あのF老師が緊張?数々の大会で優勝してきたF老師が?
信じられないことですが確かに小刻みに指が震えていたのです。
孫式のVCDを出版しているほどのF老師が、その表演で緊張するというのは信じられないこと。
私としては、そこまでして孫式を見せてくれたF老師に感謝です。
私がF老師に習うのは今回が最後でしょう。
・・・それなのに最後のお別れだというのにまともなあいさつも出来なかった自分が情けない。
あいさつもできない、武徳のなさ・・・。



F老師のこと
F老師に習ってきて感じたことがある。
私はL老師を敬愛してやまない。
L老師はどんな拳式をされても一流で優秀で、それでいて謙虚で静かで・・・
私は常に「あーなりたい」「どーしたらあーなれるのか」と少しでも近づきたいとばかり考えている。
「あーなれなくてもいいから脚とか腕とか胸とか体のあちこちに触ってみたい〜」とか・・・
L老師はさりげなく強く美しい。ひとことで言えばL老師は天才なんです。

でもF老師は違う。
意識していることは言葉にして伝えてくれる。そして意識していることは表現においても強調される。
だから、F老師の言うことをそのまんま表現していくことで自然とL老師に近づいていくことができる。
う〜ん、うまく言えないんだけど、F老師が表現していることはL老師だって当然意識しているはずなんです。
ただ、L老師はそれをわざわざ言葉にしたりしない。
なぜなら天才L老師にとってはそんなことは、言うまでもなく当たり前のことだから・・・。

事実、私は体験したんです。体で感じたんです。
L老師の不可解な手の表現がF老師を受講したことによって掴めたんです。理解できたのです。
これは驚きでもあり、改めて中国で教育を受けるということの深さを思い知らされました。
F老師が私に言いました。
「あなたは中国語ができるでしょ?孫式の先生がいないなら本で勉強しなさい」と。
L老師とF老師はその表現こそ違えど、根っこの基本や意識はいっしょなんですよね。
日本人の私にはその基本というものが解らない。言葉にして言ってもらわないことには永久に解らない。
だって太極拳以前の基本を飛び越えて大人になってから太極拳を始めたんだもの。
中国の人たちは小さい頃から長拳とか形意拳とかもろもろ習得してるでしょ?
そもそも形意拳もできないで孫式始めるってことからして無謀なんです。そうでしょ?
伝統拳もできもしない、知りもしないで総合42式が満足にできるわけがない。そうでしょ?

F老師は来年の5月には帰国されるそうですから、もうF老師に会うことはないでしょう。習うこともないでしょう。
今思えばたくさん言葉にして欲しかったなあ・・・もっともっとビシバシ厳しく鍛えて欲しかったなあ・・・



全国大会もこれからという5月に、来年の全国大会の選抜を兼ねた県大会の申し込みが始まっていた。
「孫式規定は外せないでしょ・・・」
「それと・・・F老師に習い続けてきた42式も総決算としてエントリーしとこうかな・・・」
そういったわけで今年は2種目で申し込み(仮)を提出した。

この時、私は「規定4種(孫、呉、陳、楊)」が今年で最後ということを知らなかった。
初めにそのことを知ったのは読者の方からのメールからだった。
即座には信じられなかった。
だって、「規定」がなくなったらアジア大会などはどうなるのさ!?
競技用として作られた標準套路なのに・・・それが競技大会からなくなるなんて。



6月
母が再入院した。
今年の私の自主トレは母の体調次第だ。
今回、手術入院となった母の付き添いで私は病院に寝泊りすることになった。
来月に全国大会を控え、ここで練習を中断するのは痛い。病院内で再度私の練習場物色が始まる・・・
第一候補としては手術室前。
私は寝泊りしているため、朝早くとか夜なら人目につくこともないだろう。
実際、夜は私もクタクタでとても練習にならなかったが・・・
というか、患者さんより早く眠くなってるくらいですから。
9時消灯で、最後の巡回に看護婦さんが回ってくる(検温、血圧測定)のですが、8時のお薬(睡眠薬など)で
患者さんたちはお休みになられてるので、その後は私が消灯係りとして408号室を仕切っていたのでした。

そんなわけで私の自主トレは早朝6時から。
病院は6時起床、7時朝食です。
私は5時30分頃に起床して、6時30分頃までの1時間を練習時間にあてることにしたのです。
場所は・・・
初めは手術室前で練習していたのですが、ある日行って見ると手術室のランプが点いているではないか!
そうなんです。
緊急手術ってことです。
ロビーにはご家族の方々が心配そうに手術が終わるのを待っている。
そこで、私は第二候補地に練習場を移した。
そこは病棟と病棟を結ぶ渡り廊下です。
2階で渡っているので明るいし外が見える、絶好ポイントです♪
その日以来、私は早朝に孫式規定と42式を繰り返し練習したのでした・・・
廊下なので時々人が通ったり、電話(携帯)をかけに来る人も来ましたが、なんせ朝の6時ですから、
こちらも気兼ねなく練習することが出来る最高の練習場になりました。

ほどなく母は10日余りで退院することになり、私はまた河原に復帰することに・・・



7月
全国大会まで半月。
今年はなかなかよく仕上がってます♪
手ごたえも十分、申し分なし。渡り廊下の練習がかなり効いてるみたいです。
病院の渡り廊下には手摺が設置されていました。実は私は毎朝その手摺で圧腿を繰り返していたのです。
そりゃ、地を這うようにしか上がらない私の足は、いくら圧腿を繰り返したところで、
目に見えるほど変化したりしないのですが、何もしないよりはまだマシというもの。
あとは体調に気をつけて本番当日をむかえるのみ。
禁酒して腹痛など起こさないように食事にも気をつけて・・・
とはいっても昨年みたいに当日のお昼食べ過ぎちゃ、どーにもならないが・・・。
(大会のもようは「競技大会」をご覧下さい)

大会も無事終了して帰ってすぐ県大会事務局に電話を入れた。
それというのも、来年から「伝統規定種目」がなくなることがハッキリ判明したからだ。
そのことを知らなかった私はまた、規定孫式で申し込んでいたのだ。
このままでは来年の全国大会への道はなくなってしまう。
最終締め切りまで、まだ3日ある。
それで、種目変更が可能かどうか問い合わせるため急遽電話をしたのだった。
「もしもし、私「規定孫式」で申し込んでおったのですが、「自選孫式」に変更できませんでしょうか?
来年から「規定種目」がなくなることを知らなかったものですから・・・」
「それでしたら、県大会の段階では「規定」を設けておりまして、
代表になられた場合は「規定」から1名、「自選」から1名、
「規定」の代表者には全国大会には「自選」で出場してもらうことになるだけです。どちらでも構わないのですよ。
むしろ県大会は「規定」で出ておいたほうがよろしいのでは?
これから自選套路考えて出場されるのでは時間がありませんからね、不利でしょう?」
「そーだったんですか。それなら「規定」のままでお願いします」
そう答えて切ったものの、全国大会でいきなり自選套路するより、県大会で場慣れしといたほうがよくない?
再度電話する。
「やはり「自選」でお願いできますか?」
「構いませんが、本当に大丈夫?いくら孫式がひとりでも点数が低すぎると選ばれませんよ」
「う〜む・・・(悩むなぁ・・・)」
「明日の朝まで待ちますからよく考えてご返答下さい」
「・・・はい」
大会側では全国大会への対応を考えてくださってるのだから、素直に「規定」で申し込めばよいのだよ。
なのに優柔不断に悩んでいる私。うむむ・・・困ったことになったぞ。
私的には、「自選」に傾いているのだが、あそこまで言われてしまうと自信がない。
それにハーフラインなるものに気をつけて、と指摘された。
「ハーフラインですか・・・?(それってなに?)」
‘起勢’を始めた側に‘収勢’で戻らねばならないんだと。
しかも、左右の動きがなさすぎても減点の対象になるらしい。
私は以前、2002年の県大会で「楊式自選」で出たことがある。
もちろん、套路は自分で考えたわけだが、ハーフラインも知らずに自選してたなんて。無謀にもほどがある・・・。
たまたま‘起勢’の位置に‘収勢’で戻るように心がけて套路を作ったので問題なかったにすぎない。
今回も、そういう套路を作ればよいわけで・・・
私は改めて自選套路で出場したい旨を連絡した。

そして私はさっそく、自選套路作りに入った。
ところがいざ作るとなると、自分で套路を考える楽しみもあるが難しいものです。
あれも入れたい、これも入れたい・・・では4分以内に収まらなくなるし、
孫式はそれでなくとも転身(90度も含め)が多いので、一方方向に動きを繋げるのが難しい。
でなければ、極端に行き過ぎて戻れなくなってしまい、戻るために同じ動作を繰り返すはめに・・・
ふむ・・・なかなかまとまらない。
楊式自選のときはあっさり作れた覚えがあるのだが・・・
もうすぐ7月も終わる。(焦)今月中には套路を仕上げたい。(焦)
だって、套路作ったらそれ覚えなきゃなんないし!(焦)
うかうかしてたら1ヶ月なんてあっ!という間に過ぎちゃうんだし!(焦)
・・・現在tuzi、自選套路作りに苦戦中!



8月
8月は県大会に向けて河原で自主トレ。
7月中に孫式自選の套路を作って・・・と思っていたが完成したのは8月になってからだった。
ガソリン代高騰の折、自転車で河原に行って練習。
今年は孫式と42式の2種目に出ることにしたので、孫式練習後に総合42式を一度。
42式で大会に出るのは香港の大会以来だ。
今になって思えば、よくもあの時点で42式に出たものだ、と振り返ると恥ずかしい限りだ。
今だってそれほど上達しているともいえないのだが・・・それでも3年前よりはマシだろう。
その42式はペースができてるので時間的な心配はしていない。
ところが、孫式自選は気を抜くとすぐ時間オーバーになってしまう・・・。
(大会のもようは「競技大会」をご覧下さい)



9月
大会を終えて八卦掌の勉強(もちろん独学)を始めた。
VCDは何枚か持っていて、ひととおり見たが、「これ!」といった套路はなかなかないし、
(めざすはL老師のしていた八卦掌套路なのだが)、
とにかく速すぎて、運動神経の鈍い私はどうやって覚えてよいものやら見当がつかない。
そして最大の悩みは持っているVCDそれぞれが違う套路みたいなのだ。
どこから手をつけていけばよいのやら・・・(困)
見ても覚えられないと感じた私は、VCDで覚えることをやめにして、本から入ることにした。
そうはいっても、その本を手に入れるのがこれまた難しい。
そうして探しあぐねている時に、ちょうど全国大会のついでに横浜中華街に行った。
そこで中国本を見つけることができたのだ。で、私は現在八卦掌の本を2冊持っている。
そのうちの1冊が初歩的な歩法から書かれているので「これから入るのがよろしかろー」と感じた。
1ページ目から丁寧に読み進もうと、初めの「我的从武之路」、著者のこれまでの武術修業のくだり(全13頁)

1936年生まれの著者は家族を養うためそれほど多くない給料のほとんどを家にいれなければならなかった。
30歳で結婚してからも腕時計すら持っていなかったという。ズボンはいつでも膝やお尻の布が擦り切れていた。
八卦掌を習い始めた当初は、まず体育館の掃除を済ませ、その他雑事を終えてからようやく練習を始める。
師匠が60歳で病気になったときは自分にお金がなかったので、
他人から借りて師匠の手術代を工面して渡したそうだ。
教師の仕事をしていたので、夏は休みが多く、朝の6時に天壇公園に行き‘趙泥歩’で
北門→西門・・・を周回し、八卦掌の練習をし、8時になると着替えて、各八卦掌の練習場をめぐる。
お昼になったら師匠のところに行きまた練習。
夜の8時にトマト(安いから)を食べて、10時までまた練習。家に帰って寝る。
そんな毎日をおくっていたその頃は、汗もたくさん流したし靴もたくさん履き潰した。
このように練習熱心な著書はその後も縁が縁を呼び、他の拳式でも師匠を得ていった。
冬は冬で早朝5時に起き、師匠のところに行く。とにかく練習漬けの40年だ。その努力は半端じゃない。

日本人じゃ、それほどの時間も取れないし、毎日師匠のところに通う、といった環境でもないような気がする。
とても日本の日常ではできないことだと私は思った。それが可能なのは中国だからなのだろう。
中国ではどんなに有名な師匠でもふつうの公園で教えているものだ。日本じゃ考えられないではないか。
そして、何時に行っても日がな一日誰かしら公園で練習していて、師匠がいなくとも練習している。
先輩が来る・・・後輩が来る・・誰かしら練習する相手がそこにいる。
事実、私が見聞きしてきた中国ではそうだった。師匠がいなくとも練習ができる。そこが日本と大きく違うのだと思う。
やはり土壌、というか環境なのかなと・・・

私がこれまで持っていた疑問、「なぜ套路が違うのか?それとも実は同じ套路なのか?」は、
この本によれば八卦掌の始祖、董海川の八卦掌は厳密には現存していないとのこと。
なぜなら董海川の弟子達それぞれが、それぞれの風格で伝えたためという。
なかでも代表的な弟子の八卦掌は‘尹氏八卦掌’と‘程氏八卦掌’の二派で、
かの孫禄堂が学んだのは‘程氏八卦掌’とのことだ。

といったわけでまだまだ疑問だらけではありますが、今の私では套路なんてまだまだ先の話し。
まずは八卦掌の歩法である‘趙泥歩’から始めることにします。
なになに?
100回づつですか?
‘走’(歩き)100回。
‘圏’(回る)100回。
練習はなんでも100回づつ・・・ですね・・・
え?
100回周り終えてからが練習ですか・・・

八卦掌で大事なことは‘意’と‘松’だと本に書いてある。このことは太極拳全般に通ずるところでもある。
でも、クルクル・・・してて思うんですけど、この先独学で続くのだろうかこれまた疑問に思うtuziなのでした。



10月
今期からまた教室に通い始めた。かれこれ・・・1年3ヶ月ぶりだ。
自分でも「(そんなに休んでたのか!?)」と思ったほどだが、その間太極拳をしていなかったわけではないから
私自身はそれほどブランクは感じていない。
顔見知りのおばさま、おじさま方からは「久しぶりねぇー。どーしてたの?」の質問の嵐。
面識のないお姉さんからも声をかけられたりして・・・
ところで今期から扇(楊式36扇)の練習が始まるのだそうだ。

一方、私の八卦掌独学であるが・・・
進まない・・・
いったいどうなんてんの?って言いたいくらい
全然進まないっ・・・
どこから手をつけてよいものやら、一ヶ月経った今でもさっぱりわかんない・・・(泣)
‘趙泥歩’は‘趙泥歩’で重心が定まんなくてフワフワしてるし、
手は手で変化させられなくて固まったロボットみたいだし・・・
私は教室に8時30分頃に到着できるから、教室の始まる10時まで八卦掌の練習に当てることにしているのだが、
これが難航しており、いつまでたっても八卦掌の練習までに至らない。
先日、ある武術雑誌に楊式太極拳も八卦掌もマスターしている武術家が載っていた。
「へぇ・・・どちらもマスターすることは可能なんだなぁ・・・」と興味深く見入った。
可能なのは分かったが、私のようにこれまで長拳すら経験がなく、太極拳しか体験したことのない人間にとって、
その他の分野である八卦掌はやはり未知なる世界・・・。
動きも意識もまっさら状態からの再出発、てな感覚なのです。
第一、リズムが掴めない。
ぷぅ〜〜〜
映像を見ても速すぎてついていけない。
なにがどうなったのかまったく覚えられない。
目が回る〜〜〜
独学するって無謀だったかしら・・・と、超弱気になってるこの頃。
始まりまでの1時間半、八卦掌ほっぽりだして、扇に逃げてしまいそうな気配ムンムン。

これまでの学習を要約まとめてみると、
八卦掌は‘遊身八卦’‘龍形八卦’‘形意八卦’‘陽陰八卦’・・・等の種類に分かれ、
‘尹氏’‘程氏’‘梁氏’‘孫氏’‘李氏(陽陰八盤掌)’‘田氏(陽陰八卦掌)’等の流派がある。
套路は、‘八卦連環掌’‘遊身八卦掌’‘陽陰八卦掌’‘龍形八卦掌’‘老八掌’‘八盤掌’‘八卦連環腿’等・・・
その他器械套路がある。
これだけでも混乱してるところに呼名が違ったり、同じ套路名でありながら内容が違ったりしている。
例えば、‘老八掌’は‘八大母掌’と呼ばれることも‘八大掌’と呼ばれることもある。
また‘八大母掌’は‘八卦母掌’と同一であるとしながら、
その套路内容は本によってさまざまで同一ではなかったりと・・・
とにかくやっかい極まりない!
独学するからには、映像とテキスト本がセットで同一の套路であって欲しいところだが
映像のみでその套路の書かれた本がなかったりで困難を極めている状態だ。
ようやくつかんだ感触では‘基礎八掌’から入り、‘八大掌’に進むのが順当のようだが。
だが、それは何派なのだ??
流派の違いはどうしたものだろう・・・??
‘尹氏’と‘程氏’ではどのような違いがあるのだろう??‘梁氏’‘孫氏’‘李氏’では??
そういえば‘津門’というのもあったし、‘沙国政系’というのもあったっけ。
あれは一体なんなんだったんだろう??
でもって、私は何派の何を目指せばいいんだろう??
うぅ〜〜〜(困)
秋の陽気に誘われて河原で練習したいところだが、その練習にも到達できていない私。
この先どうなる八卦掌独学!?



11月
四苦八苦の八卦掌独学の進展具合から報告いたします。
・・・ようやく初心者の私にも‘見てわかる’適当なDVDを見つけました。
‘見てわかる’といっても、8分の1にコマ送りして何度も何度も巻き戻して見て‘なんとかわかる’なのですが・・・
それは「老八掌」の套路です。ひとくちに「老八掌」といっても太極拳の套路と違って様々。
私が覚えようとしているのも、「老八掌」の内のひとつ、というわけ。
基本中の基本「八掌」なので、思えば八卦掌って套路はないのかも・・・
太極拳で言う「自選」とでもいうか。
ま、四の五の言わないで今はとにかく「老八掌」を覚えようっと!


最近、私は敬愛するL先生の夢をよくみる。L先生に会いたいと思うあまり、L先生に習いたいなと思うあまり・・・
夢その1・・・私は念願のL先生の太極拳講習に出かけました。
なんと近所の小学校の体育館で、その講習が開かれるというのだ。
行ってみれば、大人気の講習には芋の子を洗うほどの人数が集まっており、
L先生は遠く豆粒くらいにしか見えない。必死に背伸びしてL先生の姿を見ようとする私だった・・・

夢その2・・・東京での全国大会に今年も孫式で出場することになった私。
でも、練習してないため、套路をすっかり忘れている。
「いいや、向こうについてから練習しよっと!」といつものように安易な考えで体育館に到着。
すぐさま更衣室に行き着替えを済ます。
ふと見れば、女子更衣室から男子更衣室がつながっており、そこにL先生を発見!
現実にはありえないことだが、「L先生ー!キャー♪」と、叫びながら嬉しさのあまり腕に抱きつく私。(ありえない)
抱きついてその腕の筋肉のつき具合に惚れ惚れし頬をスリスリする私。(ありえない、ありえない)
思いがけない再会に興奮状態の私にL先生が優しく問いかける。
「痩せたんじゃない?」と。
「(いや?痩せてないけどー。)」と心の中でつぶやく私。
練習しなきゃなんないことなんか、どこかに吹っ飛んでおり、更衣室に戻ろうとするL先生を追う私。
でも、そこでは他の男子選手が着替えの真っ最中。
私はしぶしぶ追うのをやめて、練習場に向うのだった・・・

そういえば、孫式の練習をしばらくしてない。孫式の套路をすっかり忘れている。夢は戒めか!?



12月
早くも県から全国大会参加を問う連絡が入った。例年なら3月頃打診の電話連絡だった気がするのだが・・・
年々、全国大会選考を兼ねた県大会の時期も早まり、今年はその手続きも早いような気がする。
もちろん「参加します!参加させてください!」と答えて電話を切った。
「(・・・孫式かぁ)」
ここ最近、八卦掌に夢中になって孫式が疎かになっている。
練習しなくっちゃ!
それに「寒いから」なんて言ってここんとこ河原にも行っていない。
練習しなくっちゃ!


2003年香港の武術大会に参加した時、西安から参加したという2人組と偶然知り合いになった。
以来大会主催者から毎年郵便で案内が届くようになったが、私は毎年参加を見送っている。
今年もまた第5回大会の案内は届いたが参加しないつもりでいる。
西安の優秀な彼女達はどうしてるだろう?
あれから毎年参加してるのだろうか?
ふと思い出して、私はその西安の彼女に久々メールを打ってみた。

ニイ好。我是tuzi,好久没連絡。知道明年3月在香港第5次武術大会有。ニイ打算今回参加マ?
我想参加但是不能不会。因為手続複雑而且没銭。参加費太貴是不是?
ニイ是在中国武術大会都一様貴マ?我的太極拳不好,所以参加没対!
我現在学開始八卦掌,没老師!我独学阿!八卦掌太難!独学是乱七八糟!求援!
我不知道什マ地方開始学好???
てな具合で大会に参加したいけど手続きが面倒だし、金がなくて高い参加費が払えないこと。
ま、どうせ私の太極拳なんて大したことないから参加しないで正解だ!ってこと。
そして、八卦掌を始めたが、先生がいないから独学してる。
でも、難しすぎてメチャクチャだ。どこから手をつけてよいものやら・・・助けてくれ〜。
・・・しばらくして返事がきた。

tuziニイ好!近来較忙没時間上网,今天才看到ニイ的郵件,香港也打電話給我,邀清我参加,但我単位事情太多,
所以我明年也不打算参加.信中提起ニイ想学習八挂掌,的確需要専業的老師指導才行,
自学只是毛病不好杯会学到毛病,改就不容易了!如果ニイ有時間来西安我免費教ニイ!
香港からは電話をもらって今年は参加するつもり。でも来年は仕事の都合で参加しないつもり。
ところで八卦掌だが、専門の先生について学んだほうが良い。
独学だと変な癖がついてしまい、今度はそれを直すのが容易でない。
もし、西安に来てくれれば私がタダで教えたげるよ!と。

嬉しい限りだ。だが、時間はとれそうにない・・・それにしても、やっぱり彼女は八卦掌もできるんだ!
中国はスゴイねえ。太極拳できる人はどんな拳式も御茶の子さいさいだもんね。
こちとら専門の先生なんて見つかりそうにないし。
おおかた、授業料ケチって先生についてないんだ、って思われたのかもね。
そうじゃなくて、先生がいないから仕方無しに独学なんだけど。
中国じゃ先生がいないなんて考えられない、そんな環境なんだものね・・・
あ〜あ、やっぱり八卦掌独学なんて無謀なのね・・・(←かなり弱気)


今年は「停滞」の「停」したまま暮れていきそうです。
張り切って始めた八卦掌も遅々として進まず、尻すぼみ状態・・・
全国大会に向けての意気込みも年々衰えをみせ・・・
ふんんっっ!
そんな弱気でどうする、tuzi!
来年は学んで学んでこれまで以上に学ばねばなるまいに!