「迷」
2004年

陳式老架一路(独学)
1月
太極拳を始めて3,4年も経つと、独学をせずにはいられなくなる。
誰しもそうではなかろうか?違うの?
教室に飽き足らなくなってくる、とでも言うか・・・

昨年は孫式を独学した。
その成果は7月の全国大会ではかられることでしょう。
12月からは陳式老架一路の独学を始めた。
私が見ているVCDの講師は一見伝統陳式に見合ってないような動きに見えるが、
陳式は体を練るにはよい套路だとかねがね思っていたので、少しずつ進めようと思っている。
あっさりした動きが気に入っていたので、とりあえずひと通り套路を頭に入れてから
他の伝統拳のVCDも参考にテキストを読めるようになれれば、と考えている。
いずれにせよ独学であるから、壁だらけは覚悟のうえです。

独学もちっとはできるようになって、自主トレもその気になればひとりでできるようになった。
いい加減、1997年当時の楽しい感覚で太極拳を楽しみたい、楽しめそうだ、というところに来ているような気がして、
「明るい兆し」という意味を込めて「明」としてみました。
実際に今年一年が太極拳の「明るい兆し」に満ちますよう願いを込めて。
だけど、実際は「迷」なのかも・・・



2月
いつも私を誤解してやまないM先生は、ご自分の職場で有志の同僚の方に太極拳を教えている。
そのM先生が助っ人として私を呼んで下さった。
その日、先生は転勤される同僚の送別会があるとかで、私は一度きりのピンチヒッター講師である。
私は喜んでお受けした。

実は今年とし明け早々に太極拳教室での指導員の打診があった。
教室で指導員の人数が足りないことは私も感じていた。
だから依頼があって私でよければお手伝いしようと考えてもいた。
一方では、‘教えている場合じゃない’という思いと、‘人間関係の煩わしさ’を避けたいという思いもあった・・・。
結局、教室で指導することはうやむやになったのだが、
今回のように単発で教えに行くというのは、教室での指導とは心構えが全然趣が違ってくる。
私はその日がやってくるのを心待ちにしていた。
M先生が言うには、職場はデスクワークなので、腰痛や冷暖房からくる冷え、乾燥、肩こり・・・と
日頃から不健康を感じている人が多いという。
そんな中で有志7名がM先生と太極拳で運動不足を解消、太極拳を楽しんでいるらしい。



2月25日(水)pm5:30〜pm7:00
腰を痛めない動き、膝を壊さない動き。
私が何をおいても強調したいのは体を痛めない動きを覚えて欲しいということだった。
それから、意識の置き所。さらに欲を言えば深い呼吸・・・
こうして欲張って一気に話そう、伝えようとしたら消化しきれずに向こうは混乱するのかも・・・
私は、軽く準備体操をして、套路をひとつひとつ分解説明しながら進めた。
「どこか、分からないところがあったら聞いてください」
「全部だな」
「うんうん、全部だ」
・・・やっぱ、あれこれ言い過ぎたかしら?
もう一度、繰り返して、残り3動作を説明して最後「収勢」まで一気に終わらせた。
「では、みなさんで」
・・・といっても、みなさんは誰かを見ないと動けないのでした。
そっか・・・
てことは、私の説明は耳に届いてなかったかも・・・

遡ること8年前、私は文章で動きを覚えた。
だから、言葉がないとフワフワした動きしかできず、意識の置き所も定まらない。
書物や言葉で自分の体を意識しないと体が動かないのだ。
でも、私のようなタイプは珍しい部類なのかもしれない。
指導者の動きを見て真似て覚える人は多い。
私は初め頭で動きを覚えるが、体で覚える人の方が圧倒的に多いに違いない。

まあ、そんなことで私の言葉がどれだけ届いたか・・・
一言でもその人にとってヒントになったり、役立ってくれることが頭の隅に残っていてくれれば嬉しい。
そして、どうか太極拳を楽しんで欲しい。
体を痛めることなく(自分が痛めた経験から)気持ちよく動いて欲しい。
これが、太極拳バカtuziの心からの願いである。

一度限りかと思っていたら、3月3日(水)もM先生が出張のためピンチヒッターを努めることになった。
(3月につづく)



3月
私のことを「tuziさんは人をみる目がまだまだだ」と言ってはばからないM先生は、
ご自分の職場で有志の同僚の方に太極拳を教えている。
2月25日はピンチヒッターをおおせつかった。
そして今度はM先生が出張されるということで二週連続のピンチヒッターである。

先週、受講生の方々はどのように感じたのだろう・・・?
私としては楽しく1時間半を過ごさせてもらったし、精一杯説明をしたつもりだ。なんだけど・・・
しかし、その言葉がどれだけ伝わったか、とても気になる。
M先生の話では、毎週の参加者は職場であるということもあり全員参加とはいかないとおっしゃっていた。
ただ、2月25日は「どんな女が来るのか?」という興味が勝って珍しく7名全員参加だった。

もし、前回の私の講習が不評であれば、今週(3月3日)の参加人数で答えがでることだろう・・・。
好評であれば今回も全員参加。
不評であれば欠席者続出・・・



3月3日(水)pm5:30〜pm7:00
空気が冷たい日だった。
時間調整のため近くの公園でウォーミングアップを兼ねて陳式を少し動いてみる。
準備体操なしで動いたので膝にきた・・・。
受講生のスダさんが迎えに出てこられた。
練習時間になったけど2,3人しか集まらない。
このままの人数だろうか・・・時間なので、とりあえず準備体操を始める。
腰の運動から。
「腕を吹っ飛ばすように上半身を回します。下半身まで動いてしまいそうな時は自然にかかとを上げます。
そうしないと膝でロックしてしまい、膝を痛めてしまいます・・・」
数分するうちに7名全員が出席となった。
よかった〜嬉しい〜♪

「・・・では、かかとを上げずに屈伸〜」
同じ屈伸でもかかとを上げないだけでキツイくなる。
これは簡単なようだが柔軟が養われるtuziお薦めの屈伸方法です。
「足首グリグリ・・・ふくらはぎさすって・・・太腿もプルプル〜・・・足を開いて小さく屈伸・・・
よーく膝のうしろの筋を伸ばしてください。・・・では大きく屈伸(下勢)・・・
無理せずに膝のうしろの筋を伸ばしてください。痛いときはさすります・・・」
肩のリラックスと腕の筋や、手の筋をよく伸ばしておく運動をして、最後に目の周りをマッサージ。
目は大事だ。
目の疲れはやる気をなくさせるし、肩の緊張を招く。
太極拳では無用な緊張はなくして、目線や意識が重要なポイントになる。
目や、首筋をマッサージして自分の体を知っておくことが、太極拳を始めるときに必要だと私は勝手に思っている。
まあ、そんなことで短い準備体操をして早速24式に入る。

「先週、新しく覚えたところから最後の‘収勢’までしてみましょうか」
最後3式ほどを復習する。
来週が発表会ということなので、今週で仕上げねばならない。
私も責任を感じているし、受講生の方々もせっぱつまってる様子・・・
「それでは最初から通しましょう」
一式一式言葉で説明しながら最後まで通す。
数回繰り返してから、ひとりひとり定式チェックをするため「ストップ!」をかけながら進めた。
‘虚歩’で「ストップ!」
かなりきついはずだが、正しい定式を覚えて欲しかった。
「太極拳は腰の回転と重心移動に尽きると思います」
腰の回転が上半身を動かし手がついていく・・・
体重の移動で進退する、虚実が現れる・・・

「ストップ!」はどうも不評で、誰しも直されたり、チェックされたりは不快らしい。
後日、「キツかった」という感想が寄せられた・・・

「呼吸を止めずに動きを導きます」
初心者に呼吸のことまで言ってるから倦厭されるのね。
私が呼吸に気がついたのは、太極拳を始めてから数年も経ってからの事だったじゃないか。
人様に偉そうに言える立場でない。しかし重要な要素であることに違いない。
私は自分で気づいた呼吸法しか伝えられないので、あとは各自が自分の呼吸を見つけて欲しい。
一に体を痛めないための正しい動き。
二に内臓を意識した穏やかな呼吸。
三に継続。これなくして健康という宝は手にできない。
三の継続は最も難しい。
その責任は指導員も一端を担っていると思う。
私は‘太極拳が好き’というだけで続けているが、もしかしたら途中で辞めてしまう人の中には、
指導が良くなかったことから体を痛めて続けられなかった人がいるかもしれない・・・
正しい動きというより‘美しい動き’を求められて途中で挫けた人もいるかもしれない・・・
私はどんなことがあっても‘太極拳が好き’だから膝が痛くても腰が痛くても続けてきた。
「呼吸は各自違います。他人と合わせるのは大変なことです。とにかく、お一人お一人が気持ちよく、
体を痛めることなく、今後も続けられることを希望いたしております」と結んだ。

肩こりがあるという方に目のマッサージを。
(2002年北京のおねえさんから教わった。「tuzi、肩が凝る時は目をマッサージしなさい」って)
「肩を叩いたり、急激に揉んだりするのはどうかと思うんですよね。
それよりも、頭を倒して首筋を伸ばして、息を吐きながら少し押してみる・・・
押して痛いところがあれば、そこがコリです。押して痛いんだけど気持ちよければ優しく押してみる。
この時、息を吐いて筋肉をリラックスさせるのが大事ですね・・・」
なんて話をしていたら、見学していた人から
「へー、そうなんだなあ・・・」
と感心させれた。

やはりM先生の職場では体の不調を訴える人は多いみたい。
この見学の方も4月から「太極拳始めよう」と思っていただければ
太極拳バカとして、これほど嬉しいことはない。



私はこれまで優等生でやってきた。
予習、復習を欠かさず、始めたばかりの頃は暇さえあれば練習していた。イメトレも欠かしたことがない。
同じグループの人たちが「先週の忘れちゃった〜」なんて言ってるのを信じられない気持ちで聞いていた。
「(どうしてたった一つの動作が覚えられないの?)」と・・・
(なんて傲慢なんだろう)
指導員の動きを真似るようにしてしか動けないというのも信じられなかった。
だって、自分が自分の体を意識的に動かさないでどうして覚えられようか・・・
だから、私は予習である程度、自分で動作ができるようになるまでテキストを読みこなしていた。
そうしなければいつまで経っても勉強にはならない。
年数が経って、中国人の講師に教わる時も、まず自分一人でできていなければ
講習を受けても無駄だとさえ考えていた。
(なんて頭が固いんだろう)
教室の進め具合にも苛立っていた。
「(また先週の繰り返しじゃない!?今週も新しい型を教われないの?(怒)」
やってらんないわよっ!

こんな私が太極拳を指導したらどうなるか・・・

私は学校の講師の仕事をしているが、学生は口をそろえて「tuzi先生は厳しい」と言う。
親御さんがせっかく安くない授業料を納めて我が子に勉強させてくれている。
学生にはたくさんの事を学んで欲しい。私のできる限りのことをしてあげたい。
しかし、学生にとっては迷惑でしかない。
よって「tuzi先生は一番厳しかった」となる・・・

だから、太極拳を教えても受講生にとっては「tuzi先生は厳しい」となってしまう。
あれも言いたい、これも言っておきたい・・・黙っていられず、理解できないとわかっていても、つい言ってしまう。
無駄と承知で言ってしまう。吸収できないだろうことを承知でつい言ってしまう。
すべては私なりの誠意であり、善意からの・・・
これも愛〜、それも愛〜、たぶん愛〜、きっと愛〜♪
(by松坂慶子♪愛の水中花)
私としては全てを完璧にと要求するつもりなどないのだ。
たくさんの言葉の中からヒントになる糸口を見つけてくれればそれでよいのだ。
今回の受講生の方の中に「わかりかけてきたんだけど・・・」とつぶやいた人がいた。
私が嬉しいのはこういった一言なのです。

厳しさからではなくて、「千里の道も百歩から」歩んで欲しいという・・・
これも愛〜、それも愛〜、たぶん愛〜、きっと愛〜♪
(by松坂慶子♪愛の水中花)
今後もこんな私で役に立つことがあれば喜んで馳せ参じたいと思う。
太極拳を通して見知らぬ人たちと交流できたこと、そういった時間が持てたことに感謝・・・。



4月
教室に復帰してすぐ風邪をひいてしまった。何年ぶりだろう、こんなヘビーな風邪・・・
はじめは母が風邪をひき、その看護で家事全般を請け負うことになった疲れからダウン。
それでも動かざるをえないわけで、その無理が祟ったようだ。
肺炎手前の重症で点滴を受けるまでに・・・
そんなわけで、教室は一週行ったきり休むはめになった。
7月は全国大会があるので孫式をぼちぼち始めようかと思っていたがそれも延期。
陳式なんてもってのほか!
河原になど行けるはずもなく、桜(はな)見もなく、今年の春は過ぎていった・・・
4月の自主トレ全面中止!



先月、M先生の職場でピンチヒッターしたご褒美に食事をごちそうになった。
その場にいらっしゃった受講生の方が「ストレッチが気持ちいいんだよね」とおっしゃった。
もちろん、M先生のするストレッチ、すなわち準備体操をさしておっしゃっているのだ。

太極拳のための準備体操というのは、体が温まる程度で套路練習を始めてよいものと考えている。
太極拳のためのストレッチとなると話はぜんぜん違ってくる。
まず、ストレッチを始めるための準備体操、すなわち軽く体を温めること。
そして、太極拳のためのストレッチだが、ひと口で言うなら、そりゃもうキツイ!
例えば圧腿。こればかりをへばるまで続けるとか、馬歩の姿勢を数十分持続するとか・・・
套路の部分練習でもない単に筋肉強化、柔軟性を養うための訓練メニューを延々おこなう・・・
太極拳に適した体造りを徹底するのが、本来のストレッチ。
そんな、「気持ちいい」なんて言える事ではないと思うんですけど・・・。
太極拳の套路の練習のための準備体操と、太極拳の向上のためのストレッチとは別物!

そして私はといえば、このキツイ!ストレッチ訓練はどうも退屈ではしょってしまうのでした・・・(反省)
こんな、私などに太極拳の向上は望むべくもなく・・・(反省)
太極拳の向上には体造り(=ストレッチ)が不可欠!
♪わかっちゃいるけど、めんどくさい♪♪(←植木等で)



5月
GW恒例の太極拳講習会。今年も2日間にわたって開催された。
(別頁「5月講習会」をご覧下さい)

風邪で休んでしまった河原での自主トレも久々に再開した。
孫式に関しては、まずはタイムを気にせず動きの感覚を戻すことに専念している。
今は県大会の時のオーソドックスな動きをしているが、私にはもうひとつ気になっている孫式の動きがある。
それは、香港の表演会で見た規定孫式である。
素早い蹴り、低い重心・・・
全国大会であの形をしてみてはどうだろうか・・・
今から練習すればできなくも無い。
迷うところだ。
迷うということは、
孫式に対しての自分なりの信念がないということ・・・
孫式に対しての自分なりの解釈もないということ・・・

自主トレメニューは、軽い準備体操をしてから24式をして、それからメイン練習の孫式、次に陳式。
体力に余裕があれば32剣をする。剣は雨が降っていたり、風が強ければ中止。
でも陳式だけで太腿はパンパン!体はヘトヘト・・・はーはー・・・ふーふー・・・ゼエゼエ・・・
陳式は二段までしかできないのだが、力の使い方が下手なのか、もの凄く疲れるんです。
だから陳式してから孫式の練習などとんでもない話し。
1サイクル30分でヘロヘロになっているありさまだ。

風邪でひと月休んだ教室にも久々で出かけた。
教室は休憩しながら2時間。
メニューは24式、休憩入れずに88式、少し休んで48式、それからそれぞれのクラスに分かれて練習。

私は伝統拳が好きだ。
陳、孫、呉、楊、武、和(趙堡)・・・どれも好きだし、覚えたいと思う。
中でも、香港で動いた楊式は是非自分のものにしたいと思う。
私が香港で董英傑先生の楊式に出会ったのは24式を始めたばかりの1997年だった。
全国大会が済んだら、香港の楊式を自主トレしようっと。
時間を作って、練っていきたい私の長年の課題だ。
いくら伝統拳が好きといっても、あれもこれも全部はできない。
ひとつの伝統拳も武器もの(剣、刀、扇・・・)も入れると大変な勉強量だ。
そろそろ、自分のフィールドを絞っていかねばならない時が来ている様だ・・・
太極拳は奥深く、終わりがない。
今までは興味が勝って絞りきれずにいたが、幅広く追求するより、ひとつをとことん突きつめる必要がある。



私のことを‘孫悟空’扱いしてやまないM先生が、3月に引き続きピンチヒッターの依頼をしてきた。
前回、前々回はボランティア精神で、というかお食事を楽しみに引き受けたが、
今回からは報酬を考えての依頼のようだった。

M先生が職場で太極拳を教えるようになったいきさつは、
デスクワークの多い職場においての健康管理が目的と漏れ聞いていた。
だからといって、職場から助成金なるものがでているわけではなく、
あくまでM先生が言いだしっぺで始めたことなのだと私は受け取っていた。
だから、M先生がボランティアなのは当然であり、集まった職場の7名から会費を徴収することは
厚かましい行為なのだと思っていた。

謹んでご辞退申し上げます。

いくら私が太極拳バカでも、新幹線代自腹でボランティアで教えに行くのはちょっと・・・
このことについては読者の方からの反響もありました。
「Mさんは気づいていないというか甘えてるというか・・・」
「5時間待機をしてまで受ける話しではない」
「拘束時間(待機時間も含めて)のことをMさんはいったいどう考えているのか??」
「tuziさんの状況を考えたら、その条件で依頼するなんて非常識だ!」
「指導料は指導料、交通費は交通費で別々に考えるべきだ!」
などなど・・・
私としては交通費だけはクリアされたので、あとは太極拳バカに徹して・・・
行こうかな・・・そう、返事してしまったし・・・今になって後悔してます・・・
はいはい、あたしゃ‘孫悟空’でござんす。



読者の方から時折メールが寄せられます。
メールはhpを開設している私にとって励みとなり、加えて私の知らない太極拳世界を広げてくれます。
いつもいつもありがたく感じておる次第です。
でも、その内容の中には、「お褒めの言葉」が含まれていたりするのです。
例えば、理論やVCDなどで「積極的に勉強している」「探究心が旺盛」、
ひとり河原で「練習量が凄まじい」といったこと、
段級位を受けていたり競技大会に積極的に参加している・・・などなど・・・

いやいや、そんなんじゃないんですってば!
疑問が生まれたから理論の勉強をしたまで。
自主トレだって自分が必要と思ったからしたまで。
別に褒められることでもなければ、むしろ体づくりのストレッチを怠ってるとさえ感じている。

メールを下さる読者の方は、来日されている著名な中国人の先生に就いて
太極拳を学んでいらっしゃる方が少なくありません。
でも私はそういう場に置かれていないのです。
そういった恵まれた場に住んでいないのです。
とても太極拳を学ぶ環境ではないのです。
そりゃね、時間とお金が許すなら中国に行きたいですよ・・・住みたいですよ・・・
だからって、おいそれといかないのが私の現実なのです。

太極拳は師匠に就いて、中国の伝統に則した師弟関係の中で養われていくものと私は考えています。
何も、套路を習うだけが太極拳の修練ではないとも思っています。
太極拳は中国の伝統であり、中国の土地に根ざした文化です。
太極拳は中国の伝統の中に生きているのだ。

伝統とは心から心に伝えていくもの。
私が追求したい太極拳と感じたのは、香港の師父の姿勢だった。
套路の動きもさることながら、毎朝ひとり太極拳を打つその真摯な姿勢そのものだった。
日本の太極拳教室で学ばれてる方には是非中国を見てきて欲しい。
もし、真の太極拳を見つけたいなら中国に行くしかないでしょう。
行っても見つからないかもしれません。
でも、日本に居てはそれすら知らないままだと思うのです。
日本の太極拳は、組織化されて商業的で・・・
段級位のように制度化されて、何かというと金銭が絡んでくる・・・



陳式老架一路(独学)、楊式刀(独学)
6月
自主トレ復帰にも慣れて、徐々に時間も長く耐えられるようになってきた。
メニューは孫式→陳式3段まで→32式剣。たかだか小1時間てとこだ。
7月の大会まではこのペースでいこうかと思っている。欲をいえば陳式をもっと先までできるようにしていきたい・・・
それに、今のままでは制定拳、伝統拳ごちゃ混ぜなので、大会が終わったら楊式に絞って練習したいと考えている。

私の家は田舎にあって周りは田んぼばっかりである。
夕方、河原での自主トレ中も農作業のおじさんがチラッと見ては、
見てはいけないものでも見てしまったように引っ込んで行く・・・
あぜ道をトラクターで走るおじさんもチラッと見ては、見てないよーとばかり運転を続ける・・・
決まった時間に自転車で犬の散歩にやってくるおじさんも、しっかり見てはいるが、見えていない・・・

自主トレを始めた当初はそんな人影をいちいち気にかけていたが、
最近では誰も興味を示さないことをいいことに、こっちでも気にならなくなってきていた。

ところが、近所の人の集まりに顔をだした時のこと。
私は学生時代から十数年の間実家を離れていたが、ここで生まれ育ったので、会えばどこの家の人か見当がつく。
「あれー、tuziちゃん、しばらくだねえ」
「家で仕事してるのかい?」
という会話になったとたん、
「あー、あんただったんだねえ・・・河原で中国のなんかやってるの!
どこの人かなと思ってたんだよねえ。やっとわかったわー!」
ウチの父まで「娘さんは河原でギラギラの剣振り回してなにしてるの?」と聞かれたそうだ。
それにしても、太極拳という名前も聞いたことないような田舎のおっちゃんたちなのに
「中国のなんとか・・・」と‘中国の’って分かったところが驚きだし不思議だった(笑)
それよか、怪しい女になってしまいました・・・
家から出ないし、仕事だってお勤めしてるわけでもない。
家から出ずに近所づきあいもない得体の知れない女だった私。
それに加えて、わけの分からん動きを河原でしている、しかも凶器も振り回している・・・
農作業しながらもしっかりとチェックされていたのです。

要注意人物じゃん!

自主トレしずらくなってしまいました。
套路の途中でも犬の散歩のおじさんが通りかかったら「こんばんは、いつもお世話様です」と一礼。
うー、次は雲手だったっけ?・・・こんなありさまです。
こないだは、ぜんぜん知らないおじさんに「太極拳ですかあー?」と聞かれた。
「はい、そうです」と答えただけで会話はおしまい。
おじさんは興味すらなかったようでサッサと行ってしまわれた。
それにしても、‘太極拳’という正確な名前がよくでてきたものだ・・・

大会まであと半月。
そんな視線にも平常心で立ち向かえなくてどうするtuzi!



読者の方から時折メールが寄せられます。感謝です。
この場を借りまして、お返事の補足をさせていただきたく思います。

‘私のなかで決定的に足りないのは「興味」特に中国の言語歴史文化と太極拳。’
私のように偏狭の地に住んでる者ならいざ知らず、毎日のように太極拳が習える環境にいらっしゃる方で、
実際に中国人もまっ青の練習量をお持ちの方なんです。
「興味」が足りないだなんて・・・
それに中国語に興味がなくとも、歴史に興味がなくとも、純粋に太極拳だけに興味が集中していたとしても、
それはそれでちっとも不思議ではないのですが。

 ‘私はいまだに「太極拳」が何か、わからないです・・・’
呼吸法であるとか、動きに関しての「太極拳」を指しておっしゃってるんだと思います。
でも、ちょっと視線をかえて話させていただきます。
私の中で「太極拳」が何かはハッキリしています。
それは、武術!
太極拳は中国武術!
その昔は、野生動物とも闘わねばならないほどの厳しい自然と立ち向かって生きていたし、
それを遡ることもっと昔には、気功から発したとも・・・
でもまあ、型を見ればお分かりのように、ひとつひとつに攻防の意味がありますし、
どんな流派にも同じような攻防が見つかります。
ところがです。
現代ではその攻防を発揮する時代ではないのです。
自然に根ざして生きるがため時には命を懸けて戦う、そんな時代ではないのです。
ですから現代は太極拳の本来の意味が失われている・・・
太極拳を極めたいという人たちにとっては意味づけがなされづらい時代なのだと思うのです。
少なくとも私は混乱しています。
太極拳をしている意味ってなあに?
どんなに強くなろうとも、それが真の太極拳として発揮できない時代。
だから、競技大会なの?
このような時代だから太極拳が美しさを見せるだけのダンスパフォーマンスとして評価されるのが正当なのか?

本来の意味を持たなくなった太極拳に現代の意味を持たせるとすれば、
気功のように、健康法としての恩恵くらいでしょう。
でもね、健康になりたいのなら、太極拳じゃなくても良いのです。
そうでしょう?
例えば、純粋に「気功」で良いのです。
それでも、あえて言わせてください。
太極拳は武術なんです。

‘中国国民の健康のために広く普及することを目的として制定された簡化24式は、
すでに太極拳ではないのでは・・・?’
簡化24式の制定は伝統拳(特に楊式)がベースになっています。
簡化24式が太極拳でないとするならば、88式、48式の制定拳すべてが太極拳ではないということになります・・・
さらに、各伝統拳を取り入れた総合42式、42式剣なども伝統拳とはいえないわけで、
となるとこれらも太極拳ではない・・・?
制定拳はもはや武術として使えない。
武術の実践で制定拳のように、あんなに大げさに動いていたら殺されちゃうよ・・・
「はなっから武術としての要素を求めていない」とでも言いますか・・・

では、このように武術としての太極拳が不必要の時代にあって
我々はいったい何を拠りどころとして太極拳を追求していけばいいのでしょうか・・・?
私が歯がゆく感じるのはこの点なのです。
先月にも書いたとおり、太極拳は自分が尊敬できる師に就いて学ぶものでした。
師と仰げる存在があれば迷いもなくなるでしょう。
太極拳は心を鍛える修養の面を大事にしていかねばなりません。
道徳的な要素はいつの世も廃れないものだからです。

また、こういう時代だからこそ、各自が太極拳を楽しめるという利点も大いにあると思うんです。
例えば、中国においても体が弱いから始めた。健康維持のため始める。

一方で太極拳の極め方が多岐にわたっているということも混乱の一端を担っていると思うのです。
表演競技者として太極拳を学んでいる人・・・
散打のような交手者としての訓練をしている人・・・
そういった大会とは無縁で伝統拳の追求をしている人・・・
運動不足解消にしている人・・・
現代においての多様性を持った太極拳の在り方は、太極拳人口の幅を広げる一方で
その目的が定まらないという混乱を引き起こしてもいる。

ただ、何を目的にしていても太極拳を愛好するという点で私たちは繋がっています。
私は太極拳を続けてきて、このように暗中模索、堂々巡り・・・私は迷いの闇の中を進んでいるのです・・・
それは、太極拳の本来の意味が現代では求められていない、ということが根底にあるのでしょう。
いずれ「各自が自ら太極拳の目的を見つけていかねばならない時代」なのだと思います。
自分で「これだ!」と思う動きや套路が見つかったのなら、
それは太極拳をしている者として「幸せ」なことであり、どうか迷わず追求し続けて欲しい。
たとえ交手者としての方向に進んだとしても套路は套路として忘れないで欲しい。
また、競技者として勝つための太極拳を追及するあまり、怪我をして太極拳をやめねばならないことに
なって欲しくない、そう願っているのです。

ところで話は変わりますが・・・
日本人は伝統拳よりも制定拳の中に「美しさ」を感じる人のほうが多いと言います。
確かに制定拳の伸びやかな動きに「美しさ」を感じることはあります。
それでも、私が求めているのは伝統拳の「強さ」なのです。そこに「美しさ」は見出せないかもしれません。
伝統拳は伊達に長い年月伝承されてきたわけではないのです。
歴史を生き抜いたものに、まやかしや偽物はないはずです。
私が一目見た瞬間「惹かれた」のは伝統拳でした。
太極拳の価値観が時代によって変化していくことは已むを得ないことです。

そして私は私自身にとっての「太極拳の目的」をまだ見つけられずにいるのです・・・
伝統拳に惹かれながらも、競技大会に参加し、参加しながらもその価値観に反発し、
何を信じ、何を拠りどころにしていけばよいものやら目指すものが定まらない・・・
今の私は太極拳の世界をあまりに知らない、世間の狭い人間なのです。



私が通ってる教室は3ヶ月が一期である。来期は7月から9月まで。
休むことにしました。
教室の皆さんと練習するのは、毎日ひとりで河原で自主トレしている私にとって
人と太極拳できる貴重な時間でもあり、楽しみでもあるのですが、10月にはもう県大会があるんです。
今年は新しい種目で出たいと考えているので、その練習もせねば・・・せめて套路だけでも。



7月
7月4日(日)
長閑な日曜日、tuziのもとに珍しく電話がなった
「はい、もしもし・・」
相手はいきなりの早口中国語!
ガーッ・・話してます!
おいおい、ちょっと待ってくれ・・・
頭がついていかない・・・
「請、説慢一点・・」
相手は誰なんだ?
え?香港の会社?・・・てことは香港の師匠の娘?
違う。
董先生の弟子?
え?中国?・・・香港の大会でいっしょだった西安の選手?
武術大会がらみということは分かった。
やっとファックスを送りたい、と言ってることが分かった。
「(中国語で)番号は電話番号と同じです。一度電話を切ってから送ってください」
そう言って電話を切った。
中国の相手も「すぐ送ります」と言う。
・・・いったい誰なんだ?
北京のフーさんの秘書かな?

ジージージー・・・

‘中国張家界国際武術大会’の案内状だった。
張家界ってどこだ?・・・湖南省か・・・湖南省は上海から内陸に入ったところだ。
行きたいなあ・・・
でも、遠すぎる。交通の便を考えると上海から国内線に乗り換えることになるだろう。
(調べてみると直行便もありました)
参加するとしても私ひとり、香港の大会同様単独参加になる。心細い。
こんな時、お金がうなるようにあれば怖いものなしで行けるんだけどなあ・・・
ファックスを手に、太極拳の沙汰も金次第なのだろうか・・・という思いがよぎった私だった。
行きたいよお・・・
ところで、以前出場した香港の大会名簿がらみで、中国の武術大会の案内が私の元へ届く。
行けたらいいのになあ・・・

中国の武術大会へは急だったこともあって参加できませんでしたが、
全国大会への参加のため7月155日から東京に行ってきました。
その詳しいもようは「競技大会」でご報告します。



8月
今やこのページの常連となっているM先生。
そのM先生が早めの夏休みを取るというので、職場の太極拳教室にまたもピンチヒッターに行った。
その日の練習後は懇親会と称して飲み会することになっており、
その飲み会にだけはM先生も合流することになっている。
なんだかんだ言っても、M先生の職場の人たちの中で私ひとり女で飲むのはなんだか心細い。
M先生とお会いするのも久しぶりだったので、楽しみにしていたところもあった・・・

ビアガーデンでの飲み会。
私は日本酒にオレンジジュースを入れて飲んでいた。
うまいっ♪
tuziオリジナルカクテルは職場の人にも評判がよかった。
練習後の酒はうまいっ!
職場の人にとってM先生は同僚、もしくは部下である。太極拳の先生としての顔はあくまでも横顔。
でも、それでは私の手前しめしがつかないのか、いつもの手前味噌発言がバンバン飛びだした。
「某県で太極拳の教室を開いたのは私が最初・・・」
「弟子は1,000人を超える・・・」

(・_・|!!
そ、そ、それはどうかな??
確かに某県で太極拳の教室を開いたのはM先生なのでしょう。
転勤族のM先生は以前某県に転勤で住んでいて、そんな関係から我が県と某県は交流が密であり、
講習会や合宿などの行事が年に数回行われていたりするのです。
太極拳人口の少なかった某県に太極拳教室を最初に開き開拓されたと漏れ聞いているし、
今でも某県に行けばM先生は神とも崇められ、手厚いもてなしを受けていると聞く。
M先生は某県の太極拳愛好者の間ではカリスマ的存在・・・。
たとえ中国人講師の先生が行ったとしてもM先生が一番。
それにしても1,000人はおおげさでしょうよ。
これを聞いた職場の人の中には神妙に「俺たちが習えるようなお人じゃないんだ」なんて言いだす人もあれば
「そんなこと俺達に関係ないさ」と、まともな神経をお持ちの人もいて、私は心の中でうんうん頷いていた次第だった。

そのうちM先生は私相手に自慢話しを始めた。
「tuziさんもたくさんの太極拳見てきてると思うけど・・」
「いえいえ!私の見た太極拳などほんの一角にすぎないのでして、決してたくさんなんかじゃありません!」
「・・あっ、いや、今まで見てきた中でということで言っても、本物を見ることは必要だよね」
「まあ、そうですね」
「俺の上海の先生(楊式)は跟歩で寄せるんだよね。
tuziさんもそういう楊式見たことあると思うけど、力を発揮させるためにね。なるほど、と思ったよ。」
「・・・私が見た(楊式での)跟歩は一ヶ所だけですけど」
それって、孫式なんじゃ・・・??
楊式で跟歩だらけってのは楊式なのか??
私が見た一ヶ所というのは、そうすることで転身しやすくしてる、そんな意味合いの跟歩だった。
しっかり弓歩を決めてからの跟歩でした。
楊式は基本弓歩ですよね?
さらに、M先生は、私が独学で孫式を勉強したことに触れて
「・・・まあ、孫式には跟歩はないだろうけどね♪」

「・ ・ ・ ・ ・ |(-_-)| ・ ・ ・ ・ ・」
tuzi完全に言葉を失ってしまいました!
「孫式に跟歩はない」
そう言い切ったM先生にかける言葉はもはやありません。
孫式は軽快な跟歩、丁歩だらけ。それが孫式の特徴・・・。
M先生は太極拳を始めて20年、指導を始めて15年。生徒数1,000人を超える(自己申告による)大先生のはず。
その大先生ともあろうお方のお言葉とは思えませんが・・・

M先生の情報スジによると、M先生は最近とある本に感銘を受け、準備体操でシコを踏ませてるそうな・・・
しかも馬歩のつま先が前向きではなく斜めを向かせて「これが馬歩だ!」と指導しているとか。
あー、M先生。
あなたはどこに向っておられるのですか・・・
ドスン、ドスン・・シコ踏ませて脳が揺れでもしたらどうなさいます?
その昔中国で、陳式の震脚を表演パフォーマンスのつもりでダンッ!と踏み鳴らしたのを見て
若者達はそれを真似た。そうすることで強くなれると。
無知であることによって、パフォーマンスという受けとめ方ができなかったのだ。
ほどなくして、彼らは脳障害で30代、40代の若さで亡くなってしまった。
書物には「薄氷を踏むが如く」と書いてあるのに・・・

M先生の職場で太極拳してる人も、「太極拳よりストレッチが気持ちいい」という人が多い。
私は‘太極拳の練習を始める前の準備体操’は体が温まって、スジが伸びて、関節をほぐして・・・
練習中に怪我がない程度で十分と考えている。
そして大事なのは、太極拳の練習に集中していける過程として、準備体操があるのだということ。
世間話ししながら体を動かしてるようでは準備体操の意味が半減。
屈伸しながらも、スジを伸ばしながらも、腕ぶらぶらしながらも、
その数分間を太極拳練習前の‘集中を高めていく過程’としてとらえて欲しい。

確かに、太極拳する人は体の柔軟性が要求される。
だからといって、体が柔らかくなければ太極拳が向上しない、というものではないと思う。
逆を返せば、体が柔らかいからといって、その人の太極拳が必ずしも好いとは限らない。
理解して動いているとは限らない。
太極拳の力量は体の柔軟性に比例しないのではないでしょうか。

それよりも、抱球のイメージ、攻防に対するイメージ、按での肘頸の意識・・・挙げたらきりがない。
そういったことを養うためには瞑想したり、体で気を意識したりできるようになる準備が必要だ。
すなわちそれがタントウ功であったり、静かに抱球を回して基本五法をしてみるとか。
そんなこともなしに、いきなり開脚や前屈といった柔軟体操したからって
太極拳においての放松など現れようがないのでは・・・
太極拳においての柔軟性と、単純に体が柔らかいとは別物だ。



9月10日
(追記)
・・・と以上のように「跟歩だらけの楊式」のことを書きましたところ、
読者の方からメールをいただきました。

「8月の練習記なんですが、楊式で跟歩しまくる流派ってのはありますよ〜。楊式小架がそれです。
これはスピードが速く、発勁動作があるのが特徴です。
勢い良く飛び込んで突きを出すとやっぱり後ろ足は「跟」した方が自然ですよね。

大架でも、 楼膝拗歩の後に跟歩して次の動作に入るパターンがあるので、
あまり特別な歩法でもないと思われますが。

跟歩ってのは、次の動作のための位置修正の意味が強いので、
それで力が入るとか言うのはちとアヤシイ話ではありますな(^^;;」

とのことです。
「小架」に関しては私の勉強不足でした。
「小架」は以前チラッと見たことがありますが、M先生の見たそれが「小架」であったとは存じませんでした。
私の勉強不足でした。

さて、M先生が上海で見たのは本当に「小架式」だったのか?
そこで、その旨をM先生に確認したところ以下のような答えが・・・

「研究熱心なのはなによりです。楊式太極拳の「小架式」は見たことはありません。陳式はあります。
古伝楊式などの写真はいくつかありますが、そのなかに小架も入っていたかもしれません。
楊班候か健候の系統ですね。
猪桂亭の100周年記念誌には、楊式の一つ一つの架式を演じた桂亭自身の写真も載っており、
その形は大きく演じていることがわかります。
孫弟子の桂亭内家拳協会の会長さんほか皆さんの演じる楊式をみても、
私達の演じている太極拳とは違和感はありません。
今、日本で教えている「ひょう正宝」(このパソコンでは漢字が出ない)の楊式太極拳も跟歩を多用しています。
彼も、上海出身のようですが、誰の元で学んだかは分かりません。
跟歩の理由はつくようで、昨年の上海ツアーでは「勁力の大きさの違い」を強調していました。
同じ澄甫の弟子といいながら、「ふしょうぶん」(変換が面倒・・・)も上海ですが、我々と同じ動きで演じています。
彼らにとっては、形や動きの違いはごくちっぽけなものなのかもしれませんね。」

「小架式」ではないけれど「跟歩」の楊式でした。
M先生が上海で習ったという老師は桂亭内家拳協会の会長らしいのですが、(桂亭は澄甫の弟子)
やはり私としては「跟歩だらけ」なら違和感ありありなんです。正宝老師は跟歩を多用してましたっけ?
それは「頸力の違い」を強調したいがための跟歩とは違うと思うんですが・・・
形や動きの違いは伝統拳において風格に関わる問題。



9月15日
(追記の追記)
楊式の「跟歩」は大論争の気配が・・・

遅ればせながらtuziの見解を述べさせてください・・・。
まず「小架式」についてですが、そもそも「楊式」は誰を始祖と考えるかによるのですが、
現在一般的に「楊式」と言えば澄甫を始祖と答える方が大半でありましょう。
そしてこれが模範解答でもありましょう。
しかし、澄甫を始祖としてしまうと、「小架式」の後に楊式が確率されたということになってしまい、
「小架式」が浮いてしまいます。浮いてしまうことによって、その「小架式」が
陳式の「小架」を指すのか、いやいや楊式の「小架」なのか定義できなくなってしまいます。
ですので、「楊式」は露禅を始祖と考えるほうが話しが通りやすいと私は考えているのです。

河北省生まれの露禅は河南省の陳長興に師事し「陳式老架」を習得します。
後に露禅は一般の人にも習いやすいようにと、激しい動作や発頸動作を進化させ(無くしたわけではない)
息子の健侯によって修正されまとめられた。
さらにその息子澄甫によって現在の楊式の架式が整えられたのである。
澄甫の著した「太極拳用法図解」(中国語版)には‘楊派’の始祖は露禅と記されています。

露禅は「陳式老架」を習得した。
当時、太極拳と言えば「陳式」を指していたのであるから、「陳式」という呼称さえなかったと想定されます。
後の世で、楊式が派生したり、はたまた露禅の徒弟であった武禹襄が新たな架式を派生させたり・・・ということが
あって初めて「○○式」というように、便宜上呼称をつけて呼ぶようになったものであると思われます。
露禅は息子の健侯に伝えた(後に澄甫に伝わる)架式の大きな太極拳のほかに
長年研究を重ねていた露禅独自の太極拳がありました。
それは太極拳(この場合は「陳式老架」をベースとした)のエッセンスを凝縮させたものでした。
姿勢は低く、足どりは速く、敏捷で活発、技撃に重点を置いた架式。これが現在「小架」と呼ばれているものです。
健侯から澄甫が確立したという、発頸を内に秘めた架式を「大架」または「澄甫式」と呼んで区別したのです。
そして「小架」は澄甫の兄、少侯に伝わったのです。
さっきも話したとおり、健侯とまとめようとしたのは現在で言う「大架」です。
もちろん、父露禅は息子健侯に「大架」だけではなく「小架」の研究も伝えていたでしょう。
そこで健侯は長男少侯と次男澄甫に「小架」「大架」共に伝えたはずです。
特に「小架」は技激性に富んでいるため、青少年の訓練に用いられたと言います。
そして最終的には長男少侯は「小架」を次男澄甫は「大架」を確立したのです・・・。

さて、健侯の兄班侯(露禅の長男)ですが、この人の太極拳も現在に伝わっております。
その動きは「小架」と見間違うほど似ており、技撃に重点を置いた架式なのです。
露禅が学んだ「陳式老架」の発頸そのまま、露禅が編み出した楊式に実際の技撃を顕したもので、
動きは迅速で鋭く、とにかく攻撃するための架式なのです。とても素晴らしいものです。
班侯の架式と少侯に伝わった「小架」はまったく違うものです。
班侯の太極拳は「班侯炮捶」または「十三炮捶」と呼ばれているものです。
「小架」とは違います。
私はこの「班侯炮捶」が陳式でいうところの「老架二路」に当たるような気がしているのです。
その攻撃性には目をみはるものがあり、自由自在で規則にとらわれないとあります。
実際の闘いにおいて、「自由自在で規則にとらわれない」ということは最重要です。
‘敵との距離が遠ければ手と足を使い、近ければ膝と拳を使う’というもので
架式ではその訓練を見ることができます。とても素晴らしいです。
そしてこの架式には「小架」同様、発頸動作がふんだんにあるものの「小架」に見られるような「跟歩」は
見られません。このような違いからも「小架」と「班侯炮捶」はその風格においてもまったく違うものです。
もちろん、私は「小架」と「班侯炮捶」の動きを見たうえで話しています。

「小架」まとめ。
1、「小架」は露禅が陳式老架を研究し、そのエッセンスを凝縮した架式で健侯、少侯と伝わった。
2、班侯の太極拳は「班侯炮捶」であり、小架とは分けて考えるべきものである。
3、「大架」は現在一般に「楊式(澄甫式)」として広く普及しているもので、露禅が陳式老架を研究し、
一般に普及できるよう改良された架式で健侯に伝え、澄甫が集大成し完成させた。
単に「楊式」と言えば、この澄甫式をさすことから「楊式」の祖は澄甫とする説さえあるほどです。
時代を経て、澄甫の高弟達によって「大架」は伝わっておるわけですが、
その風格においてはそれぞれであり、これに関しては言わずもがなです・・・
ただし、套路においては「大架」として共通しているはずですが。
また、「小架」と「班侯炮捶」以外で小架を名乗っているものについては、私の知識外です。



では「楊家太極拳術捜秘録」(中国語版)による第3代までの宗師をまとめてご紹介いたします。
第1代宗師
「楊露禅」
河北省永年生まれ。
幼い頃は貧しく育ち、河南省の武家が開設している薬屋で働くようになる。
近くには少林寺があり、盗み見るうち習いたく意欲が湧く・・・
後に河南省の陳長興に師事し「陳式老架」を習得し、永年に戻る。
彼は、その地の武家に教授し拳術を生業とするようになる。73歳歿。

第2代宗師
「楊班侯、楊健侯」
ふたりとも露禅の息子である。
その体格は屈強で、武術に対しても父親譲りの造詣の深さがあった。
班侯は個性が剛烈で、向かうところ敵なしで「楊無敵」の異名をとった。
軍の教授としてその地位も高く、一世を風靡する。
しかし、一方では楊家との関係(妻子の事や後継者の事)は誰の知るところでもなくなった。
働き盛りの班侯は不幸にも当時流行った病に倒れ、完治することなくこの世を去った。
55歳くらいで歿したと伝わっている。
班侯の死後は弟の健侯が軍の教授職を引き継いだ。

第3代宗師
「楊少侯、楊澄甫」
ふたりとも健侯の息子である。
先代が死後、この3代ふたりが楊家の集大成を成した偉大な宗師である。
太極拳における父子3代に渡る改修、改進の末、澄甫が今日における楊家太極拳架式を定めた。
彼は壮年、上海において教授し、晩年は広州で軍総司令部に籍を置き、
また、広州市公安局の要請で南下した。1936年上海にて歿す。
著作に「太極拳体用全書」「太極拳」
(ちなみにこれ以降、楊家の伝承者が著した新刊はなかったが、最近になって楊振鋒氏が新たにまとめ出版した)

こうして系譜をみると、次男から次男へ伝わってるんですねえ・・・
それと楊式全ての始まりは向学心旺盛な露禅が、「陳式老架」ひとつをバリエーション豊富に
派生させてしまったことにあったのでした。
露禅に限らず露禅に「陳式老架」を習った武禹襄だって、彼は彼なりに王宗岳の太極拳論と合体させて
武式を確立しちゃったわけで、孫禄堂は八卦と形意拳と武式を合体させて、
彼独自の孫式を作り上げちゃったでしょう?
創意工夫というか血気盛ん、というか多様性が認められていた時代というか・・・

ありがたくも伝統拳に詳しい読者の方が教えてくれた情報によりますと、

陳家溝にすら無かった太極拳経をなんと古本屋で発見しちやった兄を持ち、
その後趙堡鎮へ行き陳清萍から小架を学んだ「元祖太極拳ヲタク」が武禹襄。
武禹襄とその兄弟(清朝貴族で役人)は楊露禅を北京に送り込んでプロデュースするだけでなく、
自分の小架式を自分が家庭教師を頼まれていた露禅の息子の楊班候に伝授した。
班候は甥の少候に、少候は○○(mailの主の師祖父)に伝授。
班候の弟子の全佑の伝は養子の呉鑑泉によって呉派の系統となり、呉鑑泉も○○(mailの主の師祖父)に伝授。

といった、私の知らなかったお話しが・・・
確かに露禅は北京に赴いていますが、それが武禹襄のプロデュースだったとは・・・

また、この読者の方の「楊式小架」に関しての見解は以下のようなものでした。

楊式の小架式については呉図南老師(百歳老人太極拳史の生き証人※すでに故人)が、
楊班候老師の型そのものを伝承しており、動作写真も自身のものが残されています。
お弟子さんの名前を忘れましたが、現在もその型を伝えている方がおります。

とあり、「班侯炮捶」も「小架」に含めて見られているようです。
それにしても楊家ではなく、意外にも呉図南が「班侯炮捶」を伝えているとはこれまた驚き・・・
楊家と呉家の古い付き合いが浮き彫りにされる実に興味深いお話であります。



さてさて、次に楊式においての「跟歩」について私の意見をば・・・
(やっとここまできたか・・・ふ〜)

「跟歩」とは何か。「跟歩」の用法とは。
手持ちの太極拳の資料に「跟歩」の説明が載っているものがないため、
中国語辞典で「跟」をみると、‘ついていく、つき従う’とあります。
余談ではありますが、「丁歩」と「跟歩」はどう違うのか?以前から疑問に思っていたのですが。
怠け者のtuziは「跟歩は前足より10cmくらい後ろに添えて、丁歩は前足にくっつける・・・?」
なーんて意味不明アバウトな解釈で使い分けていたのでした。

話を「跟歩」戻します。
「跟歩」の使い方はその架式のスピードが大きく関係していると思われますが、
「跟歩」することで頸が大きくなるというのは‘聞き違い’か‘ガセネタ’のように思われます。
なぜなら「頸力」は跟歩する前の段階で最大になっているからです。
跟歩は頸を発してから後の歩法なのです。ただ単に後ろ足を寄せてるに過ぎない。
だから私も先のメールの御仁同様、「架式のスピードが早ければ(勢いで)自然に跟歩となる」
そう考えたのです。
しかし、同じように発頸が多く「小架」と同じくらいスピードも速い「班侯炮捶」では跟歩にならない。
これはどうしたことか。
このことには「転身」が深く関わっているように思われます。
「楊式小架」は飛び込んできて発頸し拳を打ち出し、その後その勢いで跟歩となります。
先のメールの御仁が見たのは「楊式小架」の記述と思われます。
勢い良く飛び込んで突きを出すとやっぱり後ろ足は「跟」した方が自然ですよね。
ただし、「跟歩」することで「頸を高める」のではなくて、あくまで過渡式として足を寄せるに過ぎない・・・
楊式小架の動きは、姿勢は低く、敏捷性に富み、転身が多い。よって広い場所を必要としない。
絶えず、転身を繰り返す・・・
姿勢が低いため転身するには「跟歩」で寄せて転身し、発頸してすばやく「跟歩」で寄せて、また転身を繰り返す・・・
これが「楊式小架」の動きです。

しかし「班侯炮捶」には転身が少ない。
前進しながら発頸攻撃を繰り返し「跟歩」せずとも訓練が可能な架式である。
だから、套路そのものも違うし、風格においても異なるのだ。

このように、「小架」であれ「大架」であれ楊式において、頸を最大限発揮するのは弓歩においてである。
楊式においての「跟歩」は転身、または接近方法と私は考えます。
私のこの考えと同意見の方のメールを先の読者の方にいただきました。

跟歩については<形意門が跟歩を発勁の威力を増すための工夫として採用>していることがあまりに
有名なために、他派でも跟歩と聞けば発勁に関係あると思い込む人が出てもおかしくないのですが、
楊家太極拳の跟歩はやはり効果的に相手に接近するための歩方であると思います。

私もまったく同意見です。
ご存知、孫式は孫禄堂が八卦拳+形意拳+武式をもとに生み出した闊歩太極拳です。
八卦拳と形意拳に関しては私はまったく知識を有しておりませんのでなんとも言えませんが、
武式は先にも話したように楊式と無関係ではありません。
事実、孫式の「跟歩」は転身や接近方法だけではなく
「跟歩」すると同時に手を押し出すことで頸を加えている意識を持ちます。
でもでも、あくまで余韻としての意識であって、
その「跟歩」には‘弓歩を含んで’という重要な意味を持っているのを見逃がさないようにしたい。
闊歩太極拳という孫式の演者が今日、弓歩を作らず、即座に足を寄せるのを見るにつけ私は思うんです。
「頸が見えません」

あ、話しがそれましたね・・・
繰り返しになりますが、楊式においての「跟歩」に頸はありません。
「大架」において跟歩は方向転換をよくするためのもので、多用などもってのほか。
たとえ、孫式、八卦、形意拳・・・どの拳術においても「跟歩」によって頸を持つということは考えられない。
なぜなら、太極拳たるもの根っこはひとつ。その原理に大きな違いはないはず。
これまでちょっとした歴史を話してきましたが、これだけ知れただけでも
縦横無尽に各派がネットワークしていることは‘白日の下’ではありませんか?
楊式だけが独立して話しが完結するものではないのです。武式成立に一役買い、呉式とは相互に助け合い・・・
お互いが‘武縁’で結び合っている・・・
「跟歩」の用法も原始太極拳から大きく変わっていないことは容易に想像できることです。

ちなみに、M先生が
今、日本で教えている「ひょう正宝」(このパソコンでは漢字が出ない)の楊式太極拳も跟歩を多用しています。
と言ったのが腑に落ちなくて馮正宝老師が演じる古伝楊式を見直してみましたが、
私の目には多用しているようにはみえませんでした・・・。

「跟歩」まとめ。
1、「楊式小架」ではそのスピードから勢い「跟歩」となり転身を行う。
2、敏捷性に優れ、「楊式小架」同様、発頸動作の連続である「班侯炮捶」においては「跟歩」は見られず、
すべて弓歩によって統一されている。
3、「楊式大架」において「跟歩」の役割は転身のしやすさと、まれに敵への接近としての用法で使われている。
4、いずれの流派、架式においても「跟歩」で頸を発揮させることはない。

私は八卦掌や形意拳に関してはほとんど知識を有しておりません。
ですが、私の推理をあとおししてくれる有力な助っ人メールが寄せられました。
最後に、私の考えを代弁してくれるメールを紹介したいと思います。

跟歩による威力発現は、形意拳の源流である戴氏心意拳や心意六合拳にすら無いものです。
すなわち跟歩に威力を求める場合は、基本的に形意拳と同じ身体操作を求められるのであり、
楊家にはつめよったり方向転換などの過渡式として戦術的に用いることはあっても、
発勁の威力加算の歩法としては成立し得ないでしょう。
逆に楊家のような弓歩の発勁が…そもそも弓歩が厳密には存在しないであろう形意拳と
楊家太極拳を同じ原理の発勁と語ることはできないと思います。
跟歩自体はもともと接近のための歩方の一つで形意拳に限らず広く他派に見られるものですが、
形意拳修行者にとってはなおさら身近なものであることは言うまでもありません。
もちろん形意拳も初級者の段階では威力養成のために跟歩を激しく踏み鳴らしたりしますが、
中級上級では全くの無音であったり(スゲー音も出せますが)、発勁に用いず、
戦術的な歩法として駆使することが多くなります。



みなさんのメールのおかげでたくさん勉強になりましたし、私も楊式について珍しくまじめに書く機会を得ました。
もちろん、太極拳の話しはオフレコも含め尽きることのないものです。
今後もまた、このようにまじめに語れる機会がありますことを願っております。

太極拳は言うまでもなく己の体で表現するもので、ひたすら日々の練習がものをいいます。
本気で中国から太極拳を習おうとするなら、いえ中国に限らず国内でも習おうとするなら
本物を見極める目を持つこと
偽物を見抜ける目を持つこと
決して受け売りの太極拳を鵜呑みにするようなことはゆめゆめないように。
そのためには理論を知ることが必要です
己の意志や心を強く持ち続けるためにも
理論を知ることは必要です
その点、私などまだまだ勉強不足で、かじっただけの知識で右往左往してる始末・・・
ひとそれぞれ解釈があるもので、知ろうとすればするほど分からなくなってくることもあります。
太極拳の解釈は多様性があるから、それぞれの意見に真実の可能性を秘めています。
どれが正しく、どれが間違っている、というものではないと私は考えています。
完璧など存在しないのです。
誰にとって正しく、誰にとって間違ってる、と言い換えたほうがよいのかもしれません。
「否定する、された」という次元のものでもありません。
私がここで書いていたことが言葉遣いや、ニュアンス、文章の書き方の稚拙さなどから
「否定」や「不愉快」と受け取る方もおられます。受け取り方も千差万別ですから。
ただ、この場で最終的に判断をされるのは賢明な読者の方々です。
ま、どちらにせよ私の拙い推理が賛同されるとは考えにくいのですが、
どの説にも少しずつ正しく、少しの間違いや矛盾を含んでいるものではないでしょうか。
特に昔の伝承や歴史などは知り得ないことも多く、より柔軟な考え方をするくらいが幅が広がってよいのかも・・・。
そして、あーでもない、こーでもないと意見が交わされることで発見できる事だってあるし勉強になっていく。
はなっから自分の知識だけが完璧と思い込むのは、やはり危険だし、第一それ以上の広がりもなくなってしまう。
私はこういうスタンスで物事を捉えています。

なれば理論てなに?
可能性の多様性を自分なりに納得できるよう自分の頭で考えること、試みること・・・
これが理論を知る作業ではないでしょうか

※文中で紹介したメールの送り主さま、ご協力ありがとうございます。



後日、
「孫式の「跟歩」は弓歩を含んでいない。その意識すらないのでは。」
というメールが寄せられました。
てことは、私の孫式こそがエセだったってこと?・・・うわぁ〜ん(泣)

私が「孫式は弓歩を含んでいる」とか「弓歩を決めてから跟歩する意識を持つ」と言ったのにはワケがありまして。
それは、ある有名人K・H先生(中国人)が日本の出版社から発売しているビデオの中で
言っていたように記憶していたからなんです。
ただし、日本語に訳された吹き替え版なので、訳の段階で言葉の行き違いがあったかもしれません・・・
しかしながら私独自に考えてみましても、孫式は形意拳のみならず武式の要素も含んでおります。
孫式に「弓歩」がでてきてもおかしくないと考えたのです。
それと、私の持ってる中国語のVCD(私はこれで規定孫式を独学した)の中でも
はっきりと弓歩「gong bu」と言ったのを数箇所で聞いています・・・
このようなことがあって孫式といえど、たとえ表面上は弓歩を出さず意識だけにとどめるにしても、
実際にそれとわかるような足の用法でも「弓歩」は存在しているのだな、そう思ったのでした。



9月
全国大会が終わった8月から、次回10月の県大会に向け楊式刀の練習を少しずつ始めていた。
今回の県大会では「楊式刀」と「規定孫式」の2種目に出場予定なのだ。
楊式刀も独学である。部屋ではVCDを見ながら歩法だけ練習していた。
部屋で刀を持って振り回すには限界があるからだ。
だからといって刀を持って河原に行っても8月の河原は虫がいて練習にならない。
・・・蚊がプ〜ンと飛んできて、頭にたかる。
集中力もなにもあったもんじゃない・・・どうにも気になって仕方ないから動きながら払って、叩いて、掻いて・・・
結局、敵の姿は見えず、そのプ〜ンという鳴き声だけを頼りに手を振り回すだけで、しとめることはできない。
挙句は「煩いから今日はやめやめー!」となる。
翌日は蚊取り線香を腰からぶら下げて行くが、今度はそれが邪魔で動けなくて
「もうっ!練習にならないよ。やめやめー!」となる。
そして最終兵器。携帯ベープ!・・・って、これって自分が具合悪くなるのよね。
ですから夏場は部屋でおとなしくイメトレ・・・。

9月に入り暑さもひと段落したところで、独学していた楊式刀をいよいよ河原で練習開始。
套路は頭に入ってましたし、動きのシュミレーションも完璧できていました。
あとは武器の刀を持つだけ・・・。
いやあ、重いよ〜
あまりの重さで、女子テニス選手の発する「ああ〜ん」とか「ぐふ〜ん」とか「あは〜ん」といった
悩ましげな吐息がでちゃいます。たかだか3分ちょっとを2回繰り返しただけでヘロヘロ〜〜です・・・。
私が今してる楊式刀は伝統13勢刀ではなくて、28動作の楊式刀です。
どちらもほとんど同じですが、背中回して切る動作(裏脳刀)がかなりありますし、
二起脚や跳んで伏式も数ヶ所あって、13勢と比べると激しいめです。
発頸するとなると今日も今日とて河原で女子テニス選手になっちゃいます。
重心なんか刀の重みで自然に沈んじゃうし・・・というより膝から潰れそうに・・・
どの指もかるく骨折するか、疲労骨折しそうな勢いの重さ。
重いっ!

読者の方には、以下のような‘お言葉’をいただきました。

「重い物を持つときは小指と人差し指が大事です。指の使い方で体感重量が違ってくるはずです。
刀と一体化できるようにがんばってください」

「硬くてしなりようのないモノを、巧みに動かして柔らかさを実現するのです」

私は折りたたみ剣といった武器を持たないようにしてきました。
私個人の‘心の砦’のようなものです。
そんなわけで、私の持ってる武器はどれも鋼鉄製なので重いんです。
剣くらいならなんとか持てても、刀となるとこれが一筋縄ではいかない・・・
私の持ってる楊式刀は刃の部分だけで900g、鞘を入れると1.4kg。
軽いの買っちゃおうかなぁ、そんな甘い考えさえ湧くくらい私の刀は重いんです。

武器を持って練習を始めてまだ3日・・・これから軽々と持てるように励みたいと思います。
読者の方のアドバイス通り、指でのバランスのとり方次第なのだと思います。
「刀と一体化」「柔らかさの実現」をめざして!

・・・あれから10日。不思議なもので、いつの間にやら重さを感じなくなっていたのです。
テニス選手の悩ましげな吐息もなくなり、指を骨折しそうなくらい重かった刀がウソのように
軽く感じられるんですけど・・・。
これって、「慣れ」なんでしょうか、はたまた「練習の成果」なんでしょうか。
世の中には不思議なことがあるものです。

ところで、私の練習している河原には今の季節、オジサンたちが釣りをしにきています。
私が練習していると、川から上がってきて釣竿などを車につけて帰り支度しているのです。
別に気にしてる風でもなかったので、私も練習を続けているのですが、
ある日、帰りがけの車の中からオジサンに声をかけられました。

「踊りの練習すか?」(←訛ってます)

ガーン!
「いいえっ!」

「何してんのっさ?」(←訛ってます)
「太極拳です」

「あー、あの中国の!」(←訛ってます)
「はいそうです」

「そいづ(刀)も太極拳すかー?」(←訛ってます)
「ええ」

オジサンは太極拳といえば「拳」だけだと思っていたらしいのですが、
私も刀の重みがとれたと喜んでばかりはいられない・・・「踊り」に見えていたとは・・・(恥)

♪お〜どりじゃないのよ、タイジー・・・ハッハァ〜〜
す〜きだと言ってるじゃないの・・・ホッホォ〜〜♪

8月の自主トレ日記で「タコ踊りにならないよう理論の大切さを思う」なんて、カッコよくまとめたばかりなのに、
「タコ踊り」してたのは実は私だったってオチ・・・(泣)



<先人のお言葉>
私は現在楊式刀の練習をしています。
私が武器を持った時の意識をあらわした言葉を紹介しようと思います。
武器といっても剣、刀、棍・・・と中国武術においての武器は実に多彩です。
扱う人間の意識も武器によって変えていかねばならないこと、これ必定。
剣においては「青く」狙うは関節、刀においては「黒く」狙うは首。
剣は拳より速やかに「聴頸」し相手に痛手を与え、刀は剣より速やかに「怒涛の勢い」で首を刎ねる!
勇猛に、ズバッ、ズバッと首を滅多切り!
速度は剣より早く、相手に「聴頸」の隙を与えず迷いを捨て首を落とす。

こうした意識をあらわした言葉が「剣は走ること青く、刀は走ること黒し」です。
剣走青、刀走黒

中国語で‘軽’と‘青’は同じ読みです。青は軽快で俊敏なさまを表しているのです。
剣の刃は軽く、細く、薄い。相手を殺すまでの殺傷力はない。
たかだか関節を狙って傷を負わせる程度で、大型で重量のある武器と対戦して勝ち目はない。
だから、まともに刃を合わせずに、身軽に敵の攻撃を避け、かわし、変幻自在に動き、隙を見て敵を刺す!
これを「青し」と表現している。

一方‘黒’は残虐凶暴の意味を持っていて、刀の使い方の激しく猛々しいことを表している。
刀の刃は大きく、背は厚く、比較的重い。
対戦する時、叩きつけるように切り込めば、その勢いを防ぐことは難しく、敵を一刀両断できる!
「刀は猛虎(もうこ)の如く、剣は飛鳳(ひおう)の如し」もまた同じ意味である。

演武において剣は、進退や身のこなしを素早く軽やかにし颯爽と行う。
刀は、怒涛の勢い、激しい気迫で行う。


上段:楊式刀(2002年北京)
下段:太極刀(2000年上海)

一般に競技大会で使用可能な磁気反応のでない刃がジェラルミン製の楊式刀は重さが480gです(鞘含む)
ところが、私の持ってる楊式刀は刃だけですでに900gあるんです。
バランスがよいので900gの重みが全部かかるわけではありませんが、柄でバランスをとる扱いが下手だと
全重量がかかってきてしまう・・・ちなみに鞘も入れると1.4kgになりました。
下段の太極刀は刃の部分だけで550gでした。むしろ鞘部分がやたら重いのでして・・・



上段剣:木製柄、先端がしなります(2000年北京)
中段剣:布に刺繍柄、剣刃が短く太くしなりません(2003年香港)
下段:太極扇(2004年横浜中華街)

剣にしても同様です。刃の重さだけでジェラルミン製の鞘を含んだ重さを超えてしまいます。
上段剣の刃部分だけで500g。普通、鞘を含んでも450g程度、折りたたみ剣は200gが標準です。

※購入にいたる詳しい話は各年の「旅行記」「太極拳修業記」をお読みになってくださいますよう



10月
県大会当日まで1ヶ月をきった。私の出場種目は2種目。
ひとつは「太極剣・刀」(42式を含む、今年からは32式も含まれる)に私は「楊式刀」で出場する。
もう一種目は昨年同様「孫式規定」だ。

楊式刀は複数の架式がある。私が独学可能な架式でさえ4種類もある。
その1、伝統楊式刀
澄甫の流れを受け継いだ架式。13勢刀と呼ばれる。
所要時間1分40秒。
その2、楊式刀
楊家太極機械のひとつ。28式からなる。
所要時間4分20秒。
その3、楊式刀
楊家太極機械のひとつ。32式ほど。澄甫の孫弟子・崔仲三氏が演じている。
所要時間4分。
その4、楊氏太極刀
連続写真のテキスト本があるだけで、VCDがあるわけではないので、この架式を独学するのは難しい。
まずは他の架式で覚えてから応用を利かしたほうがよいと思う・・・

この4種類の中から今回の大会での架式を選ぶわけだが、一番にクリアしなければならないのは時間である。
大会では3分以上4分以内という時間制限が設けられていて、この時間内に納めないと減点になるのだ。
となると、まず‘その1’の13勢刀が対象外に・・・
1分40秒では、どんなにまったり動いても2分もあれば終わってしまう。
‘その4’の楊氏太極刀も対象外だ。
VCDのような動きが分かる教材がないと、テキストだけでは独学が」できない。
残るは、‘その2’と‘その3’。
時間だけみれば理想に近いのは‘その3’の崔仲三氏が演じている楊式刀である。
これであればVCDのほかにテキストも合わせて揃っているから独学は十分可能である。
しかし、動きは‘その2’のほうが変化に富んでいる。所要時間4分20秒だから、20秒オーバーであるが、
全体的に早めれば4分以内にできないこともない。
もし、時間制限がなかったら、‘その1’の伝統楊式13勢刀が、最も楊式の風格を顕わしていると思っている。
でもねえ、競技大会では短か過ぎる・・・

私が今回選んだのは素早い動きが可能な‘その2’の楊式刀でした。
練習を始めてみると、私のペースは常に3分40秒前後。
疲れてペースが落ちても4分以内でギリ納められそうです。・・・問題は一発勝負の二起脚だっ!
(詳しい大会のもようは「競技大会」2004年県大会をご覧になって下さい)



私が河原でひとり自主トレをはじめてから数年が過ぎました。
始めたばかり頃は、見かけるとすれば農作業のおじさんくらいなものだった。
それがここにきて急に人影が増えたのだ。
犬の散歩のおじさんだってはじめは自転車のおじさんひとりだったのに、
いろーんな人が行き交うようになって・・・。ゴルフのおじさんがやってくるようになってからは、
ずっと守ってきた私のテリトリー芝生の場所を譲るはめになって、しかたなくコンクリートの場所に移って
やっと落ち着いた。・・・と思ったら、今度は自転車の稽古の親子連れに占拠された。
またまた仕方なくレンガの場所に移ったら、今度はジョギングの若者がチラチラ目の前を走って・・・
こないだなんか楊式刀してたら、3mも離れないところに立ち止まって見てるし・・・

至近距離なんですけど・・・(汗)
しかも套路途中で声かけてきたんですけど・・・(汗)

「・・・見ててもいいですか?」

「どうぞジョギングお続けになって♪」

「毎日ここで練習してるんですか?」

「え?・・・ええ」



イチロー選手が大記録を打ち立てた。
インタビューに交えて、番組ではこの1年間のイチロー選手を振り返っていた。
今シーズン春は不調が続いた。
それは、練習の段階で仕上げていくのではなくて、開幕後の試合で仕上げていくのだそうだ。
このことは彼にとっては、しごく当然の事だったと言う。だが、マスコミ、外からの目はそう見てはくれない・・・
5月になってイチロー選手は好調に見えた。これも、もちろんマスコミ側からの見かたである。
だが、イチロー選手本人は不調だったと言う。
なぜなら、それは打とうとして打った、‘必然のヒット’ではなかったから。他人はヒットの数が多ければ好調と言う。
しかし、イチロー本人は感覚では不調で、そのヒットは‘偶然のヒット’だったからと言う。
イチロー選手は‘感覚’の人だ。秋になって、イチロー選手は‘必然のヒット’が打てるようになった。
フォームが変わり、その頃から「小学生の頃の感覚が蘇ったのだ」と彼は言った。

どれをとっても太極拳と共通するところだ。

彼は言った。
「これから先、自分の出した262本の記録を変えることはできないと思う。
これまで84年間破る人がいなかったのと同様に・・・」
そして、私が度肝を抜かれた言葉は、
「ここで選手を辞められたらどんなに楽かと思う。でも私はもっと野球がうまくなりたい。
思うように打てるようになりたい。そんな感覚をもっともっと味わいたい。
その時の気持ちよい感覚は本人の私にしかわからない。私以外、誰にもわからないことです

記録を出してなお、野球がうまくなりたいと語ったイチロー。
そして他人から見たら同じ1本のヒットでも‘偶然のヒット’ではなく‘必然のヒット’が打ちたい。
その違いは本人にしかわからない。
本人だけが感じる‘感覚’である。

太極拳も自分の‘感覚’であり、他人に評価出来るものではないのではなかろうか。

イチロー選手は自分が打ちたてた記録をどう思うかと聞かれて、
「どんな大記録であろうと、1本1本の積み重ねです。それしか方法はないのです」と・・・。



私は最近、ある人(実はM先生)から「練習の虫のtuziさん」と言われた。
私が練習で最も嫌うのは鏡を見ることである。
ひとりで練習してるんだから鏡くらい見て自分の動きをチェックすることは必要なのかもしれません。
鏡を見ながらの練習では見た目でしか動けない。
やはり、自分の体に聞きながら、意識を内に向けて動かないことには感覚は養えない。
太極拳の練習というのはただ長時間体を動かせば練習になるというものではないと思う。
だから私には「練習の虫」の素質はないのです・・・。



<先人のお言葉>
私、ずーっと言ってきていることです。事あるごとに言ってきていることです。
今年初めて競技大会の全国大会を見に行っても感じたことです。

繰り返しになりますが、太極拳は・・・
花拳繍腿、好看無用
「かけんしゅうたい、こうかんむよう」

「花拳繍腿」とは見てくれが派手で美しいものの、実質が伴っていない武術のこと。
武術においては外見の美しさや派手さは必要ないという意味である。
またまた繰り返しになりますが、武術は本来、身を守り、また敵を倒すためのものである。
しかし、戦乱の世ならともかく、現代において武術を用いて身を守る必要性は極めて少ない。
そのため、武術の有効性が現実に則して判断される機会もない。武術の人気は‘見てくれ’に流れてゆく・・・
事実、競技大会は闘いの場ではなく、動きを点数化した審査制である。
審査する側も、審査される側も、武術の実用性などはなっから無視している。
裏を返せば、太極拳に実用性を求めてはいないのだ。‘美しさ’が問われる場が競技大会なのだ。
そこでは‘武術’ではなく‘舞術’が競われている・・・‘演武’ではない‘演舞’が繰り広げられている・・・

要武術、不要舞術
「武術であれ、舞術ではない」はずなのに・・・

私はこれまで何度か競技大会を経験してきているが、この言葉を肝に銘じて出場している。
「綺麗」と言われることを最も嫌い、言われれば落胆を隠さない。
「足が上がれば点数も上がる」とされる他人の点数にも無関心で、自己満足だけを念頭に出場してきた。
今の私は‘美しさもなければ、武術の有効性も感じられない’
「花拳醜態」(←「タコ踊り」と読みます)なのですが・・・



11月
さあて、大会も終わった。
(詳しい大会のもようは「競技大会」2004年県大会をご覧になって下さい)
一区切りといったところで、「楊式剣を始めようとするか」実は何年か前に一度覚えたのですが、
他の架式を覚えてるうちに、すっかり「記憶にございません」になってしまったのだ。
大会が終わったら、再度覚えなおそうと思っていました。

数年前はテキストだけを読んでひと通り動けるようになったのだが、今回は中国から買ってきた数枚のVCDもある。
‘伝統楊式剣’‘正統な澄甫の流れをくむ楊式剣’とを比較しながら、じっくり腰をすえて覚え直そうと考えている。
時間はタップリある。
え?
陳式はどうするのかって?
「ごめんなさいっ!」
見るだけにします。
独学で陳式は無理っぽいです。
そりゃ、‘なんちゃって陳式’くらいだったらどーにかなるかもしれませんよ。
ついでに呉式も見るだけにします・・・



<先人のお言葉>
今回は先人のお言葉ではないのですが、馮正宝氏が某雑誌の中で話されていたこと読んで、
「あ〜、やっぱりね・・・」と思ったことが書いてありましたので、それを紹介したいと思います。
(以下引用)
・・・ある人は本を読んでいてわからない事があると、いつまでもそこにこだわってしまって前に進まない。
しかし私の考えは方は違います。わからない事があってもどんどん先に進みます。
そして全部読み終わってから戻ってみると、理解できるようになっている。
その時点でわからない事は、説明されてもわからない。理解力がないわけですから。
武術でも同じことが言えます。例えば、もっとも簡単な入門用の24式太極拳があります。
日本にはこれに10年かける人がいるのです。私に言わせれば、そんなに長くやる必要はない。
24式太極拳をいくらやっても限界があります。
これは普及用に簡略化されたものですから、10年やっても奥妙は得られません。
24式太極拳を長年やって上達しないと悩む人がいますが当たり前です。
基本だからといって、そこに立ち止まらず他の武術や伝統の太極拳もやってみるべきです。
そうすれば理解も深まり、24式に戻ったとき同じ形でも内容は深いものになります。

「武術において学習と練習は違う」
日本では練習というと道場に行って着替えをして先生に教わるという形式だが・・・それは日本の習慣ですね。
例えば1週間に1回道場で練習して1年で約60日。毎日練習する中国人に比べたら2ヶ月分にしかなりません。
だから「10年やってます」って言ってもねえ・・・中国では練習は家で自分でやります。

師父領進門、修練在自己
「師父(先生)が教えても、上達するかどうかは本人の努力次第」

以上のくだりは私が以前から日本の教室の教えから受けていた印象を代弁してくれていました。
24式だけを練習することで太極拳を上達しようと、真面目に本気で取り組んでいる。
私は独学で伝統拳を勉強し始めた。剣も刀も初めから独学だった。
私としては、独学というかたちをとらざるを得なかった苦肉の策だったのです。
香港で出会った師父が最初に導いてくれた。
「毎日打つんだよ。ゆっくり打つんだよ」
数年後訪れた上海でも先生が導いてくれた。
「毎日打つんだよ。協調一致、上下相髄させるんだよ」
北京でも太極拳仲間が導いてくれた。
「推手は太極拳の上達に必要だよ」
そして、達人の域までも目の当たりにすることができた。
すべては‘武縁’の成せる業であり、このことで私の道は開いてきた。
だけど、これはあくまできっかけに過ぎない。
自分の体で納得する感覚が得られるまで試行錯誤するしか上達の道はない。
推手にいたっては私はどうすることもできない。必要だと感じていても、相手がいないのだから・・・。

繰り返しになるが、太極拳は中国武術である。中国の風土、環境が生んだ武術である。
現在の日本に太極拳をするだけの中国の環境は根付いていない。
この制限された日本の環境で太極拳を追及していくには、やはり限界があるのではなかろうか。



12月
楊式剣を始めたが、うまくいかない・・・といのも私が独学を始めた楊式剣の套路は、起勢の時体の前に剣を構える。
翻して体の後ろに剣を持っていくのだが、その時自分を斬ってしまうのだ・・・(笑)
それと独特の跳歩がうまくいかなくて苦戦している。
まだ始めたばかりだが、映像からではなく本から入ったほうが良さそうなので方向転換といこう。
孫式剣の登場である。せっかくだから孫式剣もできるようにという考えもチラホラ・・・。

県大会が終わってからというもの、練習もサボリ気味である。実は、大会で脚を故障してしまったのだ。
困ったことに左足が上げられなくなってしまった。上げるだけでなく、下勢や馬歩をしようとすると痛みがはしる。
階段を2段飛ばしで上がれない・・・自然に任せて回復を待っているが、もう2ヶ月経とうとしている。
それから左の人差し指の付け根も力が入れられない。
これは大会より前に痛めて3ヶ月ほどになるが、まだ治っていない。
そんなわけでタラタラと楊式剣と孫式剣を見比べているこの頃・・・。

今年、「明るい兆し」に満ちますよう願いを込めて「明」ということで一年を過ごして参りました。
しかし一向に「兆し」は見えてこず、‘有言実行’できなかった自分を不甲斐なく感じております。
はい。
面目もありません。
今年もあれこれ答えのでない「悩み」を持って過ごしてきました。昨年の「悩み」の太極拳から進歩していません。
「明るい」太極拳は実現できませんでしたし、兆しもみられませんでした。
だからといって、「辛い」とか「苦しい」だけの一年でもありませんでした。
今年は孫式で全国大会にも出場できましたし、これはこれで実りがありました。
ただ、今後長い目で考えると「迷い」多き一年だった気がします。
漠然と定まらず「迷走」していた・・・欲を払拭しきれず混沌とした「迷い」の中にいたとでも言うか。
というわけで、今年を振り返り「明」→「迷」ということで・・・
一刻も早く、脚やあちこちの故障を治して来年も健康で練習に励もう!



<先人のお言葉>
今回は今年一年を振りかえって、この言葉を私自身へ贈りたいと思います。
tuziへ贈るにふさわしい苦言です・・・

習武有三貴、貴博貴精尤貴通
「武を習うに三の貴ぶあり、博を貴び精を貴び尤も通を貴ぶ」

武術の修業において三つの尊ぶべきことがあって、一つは「博」。博学の博。広いこと。
一つだけのことに自分を狭く限定せず、できるだけ多くの武術や流派に触れ、その良いところを広く吸収し、
自分の技の幅を広げること。

「精」。精読の精。一つの事を深く極めること。自分の専門とする武術や流派を奥深く極めること。
精が根底にあってこそ博も生きてくるのであって、精なしに博だけでは茎のない水草のように流されてしまうだけ。

そして三つの中で最も大事なのが「通」。奥義をつかむことである。
博と精をもとに自分が求める武術の奥義を得るのである。このことこそ武術の最高の境地である。

武術を修業する人には二つのタイプがある。
一つは、自分が習う武術や流派に限定し、また興味を抱かず、疑問を持たずひたすら信じて修業に励むタイプ。
このタイプの人は確かにその武術を深めることにはなるが、ともすれば井の中の蛙になりがちである・・・「精」のみ

もう一つのタイプは様々な武術や流派に興味を持ちいろいろな師の門に入るものの
どれも長続きせず次々と修業の内容を変えていくタイプ。
間口は広くてもどれも深みや風格がなく、すべてが平凡になりがちである・・・「博」のみ

私などはこのどちらにもなり得ず右往左往している。
「博」にほぼ遠く、さりとて「精」に絞りきれず、「通」にいたっては「おとといきやがれ!」の世界である。
「楊式に絞るぞー!」と言ったかと思えば、「難しいから、んじゃ孫式にしよっか・・・」
かといって楊式を捨てきれず「やっぱ、私には楊式しかないわ♪」と言ったみたり・・・
楊式一筋というのに飽き足らず、あれこれVCDを買いあさって見まくっている。
結局、楊式もして孫式もして、陳式にも手をだして今度は「武式・・・」と言い出す始末・・・。
いったいおまえはどーしたいんだ?
と自分に言いたい。

「(太極拳を)楽しみたい」と言ったと思えば「楽しめるものだろうか」と懐疑的になってみたり・・・。
矛盾を抱えたまま‘志’が定まらないじゃないか!

こんな調子でtuziの2004年も暮れる。
太極拳を始めて早8年。いっこうに目標は定まらず、それどころか年々希釈されていってるようでさえある。
めざすは「通」である。
しかし、その過程たるや、ふらふらしているうちに一年一年が過ぎ去る・・・
漠然と自分の追求したいスタイル像があるにはあるものの、それに近づくべく実行がなされていない。
迷いばかり・・・
だから、あれこれ見たくなってしまうのだと思います。
追求すべく「精」が定まって、見識を広めると言う意味で「博」があった。
古代の武人もそうして「通」を目指したのであれば、「博」は必須である。
私の問題は「精」すら定まっておらずして、
ふらふらと「博」に走ってることだ!

こんなことではtuziの「通」への道のりは・・
♪遠く、遠く、どこまでも遠く〜♪(byチャゲ&飛鳥)である・・・(泣)

こんな頼りないtuziですが皆さん、来年もどうか宜しくお願いいたします。








以下は自主トレ用として2004年個人的に購入したものです
購入場所
表紙・内容
追 記
 日本


楊振鋒
「楊氏太極剣・刀」

中国製DVD

なかなか中国に行けない。そんな時、通販でDVDを見つけた!
「DVD・・・?」DVDといったら字幕は出るし、ヒアリングに自信のない私でも楽楽(嬉!)
しかもVCD2枚分が納められているからお値段的にもお得!
楊振鋒さんの拳のVCD6枚組も3枚のDVDになっていた。
実は既にVCD6枚組は香港から購入済みだった。
素晴らしい楊式に感動していたので是非、楊振鋒さんの剣・刀も見たいものだと思っていたのだ。
早速注文して見てみると予想通り
素晴らしかったし、なんと言っても字幕があるのは助かる!
あ〜あ、こんなことならVCD6枚組の拳もDVDで欲しかったな〜
まさかDVDが出るなんて知らなかった。これから時代はDVDでっせ!
日本


楊振鋒
「楊氏太極拳剣刀」

中国語テキスト
楊振鋒氏の楊式は正統です。
なんてったって直系ですもんね。敵いませんて!
1934年お父さんである楊澄甫が著わしてから以降、このようなテキスト本はなかったそうです。
その上、この本には拳剣刀すべてが載っているほか、1934年の抜粋までついています。
至れり尽くせりで立派な装丁・・・中国の本なのでお値段が38元。相当なお値段です。
でもお・・日本で買うと3倍にも跳ね上がります(涙)
楊振鋒氏のVCDは揃っているので、これですべては揃った!
後は勉強するのみ!(←揃っただけで、お蔵入り可能性大)
日本


張 山
「孫式競技套路」

中国語・英語
テキスト
(VCD付)
独学孫式で全国大会に行くことになった。
私が見て覚えたVCDというのは武冬さんという北京体育大学の方の表演だった。
・・・どうも陳式っぽい。
大会前に私はできるだけいろんな人の表演を見ておきたかった。
それで見つけたのがこの本!VCDも付いている!
張山氏とあるのでどのような孫式をするのか見たくて注文した。
ガーン!!表演はなんと武冬さん。しかも若い!
「張山さんじゃないのかよっ!」
テキストの方も文字はほとんどなくて連続写真だけって感じですが、
英語ができる方には便利かな、って思います。
でも私にとっては武冬さんかぶってるし!2枚もいらないよー!
神保町


呉 阿敏
「42式太極剣」

中国語テキスト
(VCD2枚付)
全国大会に参加しに行った際、神保町で見つけた品。
東方書店の2階には武術関係の棚があり、テキストに2枚組みのVCDがついて900円は
なかなかお買得!しかも呉阿敏だもの!
アイドル顔で美しいフォームの太極拳をする超有名人!
42式剣は競技套路なので、呉阿敏のような大会優勝者の動きを手本にして覚えるのがよかろう。
私は李徳芳で覚えたので、呉阿敏の動きも参考に見てみたかった、そう思って購入した。
同じシリーズで36式剣もあったが、これは呉式の簡化剣の套路と思われる。
興味はあったが真剣に覚える気がないのなら無駄にしてしまうだけと購入を思いとどまった。
ところで内容ですが、とってもよかったです!
声もとってもカワイイ阿敏先生ですが、口調は厳しくて。
熱がこもってくるとさらに声が高くなって、妙に怖くてこれまたよいです! 
気に入った最大のポイントは、このVCDには中国語の字幕があるんです!
背景がカラフルすぎますが気にしない、気にしない・・・
神保町


武 冬
「競技套路全集」

中国語テキスト
これも神保町の東方書店で見つけました。
武術関係の棚のよこっちょの見切り品ダンボールの中で見つけた掘り出し物です!
これ一冊に陳式、楊式、呉式、孫式、武式、総合42式、太極拳・剣の競技規則
納められているんです。これ一冊で競技套路はすべて網羅されているということ!
これが500円はかなりお買い得だと思いません?
それにしても競技套路となると、なんでもかんでも武冬さんになってしまうのはなぜ?
他の人の表演も見たーい!!


以下は自主トレ用として2004年個人的に購入したものです
購入場所
表紙・内容
追 記
 日本


張 序熙
「孫氏太極拳」

中国製VCD
(2枚組)
孫式の勉強をしたいが教材がない。いや、ないのではない。
孫剣雲女史の教材しか見つけられなかったのだ。
そんな時、張序熙氏のVCDを発見した。
この人現在は高齢であるが、民間武術家で全国太極拳競技大会で金賞を獲得している、とある。
孫剣雲女史以外の孫式というだけで私にとって新鮮である。
果たして見てみると、やはり趣がまるで違っていた。
(マッタリ〜していて楊式を見ているみたいだったが)
そして、誰のいうことにも勉強になることは含まれているものだ。
例えば、提手上勢や白鶴亮翅のやり方など、今まで半信半疑だった点で思いもかけない収穫があった。
今後に活かしたい!
日本


孫 永田
「孫式太極剣」

中国製VCD
こうなったら無差別である!
孫剣雲女史以外の孫式VCDとあれば見るしかない!
孫永田氏は剣雲女史のVCDで助手をしている張振華氏に風貌が似ていなくもない・・・(笑)
が、別人である。
永田氏は北京武術協会副主席、中国武術7段、孫式太極拳第3代伝人の肩書きを持っている。
「これは期待できるぞ!」と購入してみたが、大したことなかった・・・
孫禄堂伝剣であるので、剣雲女史の剣と同じ套路である。
しかし、その動きはちょっとずつ違っていて、速度も遅い。
ていうか、定式でいちいち止まっているから流れるように移行していかない・・・
その点が見づらく、妙に気にかかるところでもある。
止まっている分永田氏のほうが時間が長く3分40秒くらい。
一方同じ套路で剣雲女史は2分ちょっと。・・・こうして孫式を見比べてみると、
結局のところ剣雲女史がいかに優秀かが分かろうというもの!!